第29話 王宮のパーティー
領地を持つ貴族だからといって、全員が領地に住んでいるのではない。
その運営を誰かに委託し、自分は王都星に屋敷を構えて都会暮らしを満喫する貴族も多い。
王都星の貴族たちは、自分より格上の大貴族との繋がりを作るため、毎日のようにどこかのパーティーに出席していた。
パーティーを主催する側の貴族も、大勢が集まってくれないと面子が潰れてしまうので、交流がある貴族には片っ端から招待状を送る。人数だけでなく、歴史の長い家柄の者や、王家の血を引く貴族が来てくれれば、社交界での格が上がる。
そして今、エルトミラ王国の王宮で、サイラス第一王子が主催するパーティーが開かれていた。
彼の『摂政就任』を祝うためのパーティーだ。
摂政とは、君主が病気や年齢などの理由で国政を行えない場合に、代理でその任に当たる者である。
サイラスの父親はつい先日、病で倒れた。会話もままならない状態だ。原因は全くの不明。毒を盛られたとか、魔法による呪いだとか、様々な噂が流れている。
そんな状態でパーティーを開くというのはつまり、サイラスは自分の親が病気で死にかけているのを祝福しているのと同じだった。
貴族の中でも良識ある者は眉をひそめるが、いまやエルトミラ王国の実質的な支配者となったサイラスに逆らうわけにもいかない。
招待状を受け取ったら、気が進まなくても出席するしかなかった。
「諸君。遠路はるばる、余のために集まってくれて感謝する。国王陛下の容態は今のところ安定している。必ずや回復し、再びこの国を導いてくださるだろう。それまでは余が全権代理人として国を預かる。偉大な父には及ばぬかもしれないが、しかし陛下は余を信頼して任せてくださった。ならば必ずや余は、このエルトミラ王国を今よりも強い国にしてみせよう。諸君らも力を貸して欲しい。それでは、乾杯」
サイラスの音頭と共に、出席者たちはグラスを掲げた。
そうそうたる顔ぶれだ。
普段、領地に引きこもっている貴族たちも集まっている。軍の任務に就いている貴族さえ、仕事を休ませて出席させた。
全てはサイラスの権威を知らしめるためである。
サイラスは満足感に浸りながら檀上から降りた。すると妻のブレンダが近づいてきた。
「素晴らしい挨拶でしたわ、サイラス様」
そして彼女は、王国摂政は自分のものだとアピールするかのように、サイラスの腕に抱きついてきた。
柔らかい感触が伝わってくる。
胸ではない。贅肉だ。
ブレンダと婚約した当初は、顔がよくて胸が大きく、そして適度に馬鹿な、最高の女だと思った。
ところが一年前、学園の授業についていけないので、退学して結婚したいと言い出した。
適度な馬鹿ではなく完全な馬鹿だと気づいたが、それでも顔とスタイルがいいのは変わらない。むしろ胸に至っては成長を続けており、サイラスはそれを法的に自分のものにするのも悪くないと思った。
だから結婚してやった。その瞬間からブレンダは、胸だけでなく全身を横軸に成長させ始めた。
いまや直視するのもはばかられる。どんなに綺麗なドレスを着ようと、肉の塊にしか見えない。
ダゴン教団の司祭ドゥーズに頼んで、ブレンダを呪い殺してもらおうと思った。しかし彼は、国王を病気にするのには熱心でも、サイラスの色恋沙汰には興味がなかった。
「殿下の周りで立て続けに病人や死人が出ては、さすがに怪しまれるでしょう。しばらくの辛抱です。宇宙を手に入れたら、どんなことでもできますよ」と諭され、渋々ながら従った。
ドゥーズの言葉なら、サイラスはいくらでも素直になれた。
なにせドゥーズがくれるルルイエの海という薬は、サイラスを最高の気分にしてくれる。こうして父親を病気にし、摂政の座につかせてくれた。王国軍とは別の、サイラスの私兵まで用意してくれている。
ドゥーズに従っていれば、本当に宇宙を支配できるとサイラスは思っている。
だからサイラスは、軍の新型エンジンの設計図だろうと、国営商社の輸送船の航路図だろうと、求められればなんでも提供した。そのあと、その設計図のとそっくりなエンジンを積んだ海賊船が国営商社の船を襲って荷物を強奪する事件が起きても、それこそがサイラスのためになると信じていた。
だからドゥーズが耐えろというなら、この肉塊を妻として扱うのにも耐えてみせる――。
そう決意を新たにしようとした瞬間、懐かしい声が聞こえた。
「お久しぶりです、サイラス殿下。摂政への就任、おめでとうございます。そして昨年の結婚式に出席できず申し訳ありませんでした。なにせ領地運営が忙しく」
それはセリカ・ヴォルフォードだった。
確かに久しぶりだった。こんなに美しかったかとサイラスは驚いた。
学園で見たスーツ姿でも、普段着の子供っぽいロリィタ・ファッションでもない。肩と背中が開いた、露出度の高いドレスだった。特にサイラスの目を釘付けにしたのは、太ももまで露わになる深いスリットだ。
かつてサイラスは、女は肉付きがいいほうが好みだった。しかしセリカの細い脚は、芸術そのものだった。軽く力を込めれば折れそうな腰も、守ってやりたくなる華奢な肩も、丹念に撫で回したくなる。
「あらぁ? このお方は確か、サイラス様の元婚約者ではありませんか。まあ、随分と貧相な体つきですこと。これではサイラス様に捨てられるのも無理ありませんわ」
そこまで言われてもセリカは余裕の微笑みを崩さなかった。
豚がなにか吠えている、としか思っていないのかもしれない。なにせ夫であるサイラスがそう思っているのだから。
「確かに。ブレンダ様のようなお人がサイラス殿下のお好みなら、私の出る幕はないでしょう。ところで国王陛下のご容態は?」
「さっきも言った通りだ。安定している」
ものは言い様だ。容態は安定して悪い。二度と目を覚ますことはないだろう。
「噂では、陛下のご病気は魔法による呪いであるとか?」
「根拠のない噂だ。陛下には一流の医者たちをつけている。いずれ病名を特定してくれるだろう」
「そうでしょうね。殿下はあの日の会議で、魔法など役に立たないと私に仰った。なのに殿下のお父上が魔法で苦しむなど、運命のイタズラにもほどがあります」
魔法を否定した過去は、サイラスにとって消し去りたい事実の一つだった。
あれから上位の魔法師の強さを知ったし、今はドゥーズの魔法に頼っている。
これでセリカを味方に引き入れたら、サイラスの権力はより盤石になるのに。なぜ自分は婚約破棄をしてしまったのかとイライラしてくる。
――いや、待てよ。
サイラスは自分でも感心する柔軟な思考力で、一つの結論に至った。
「ブレンダ。余はセリカと二人きりで話したいことがある」
「そんな、サイラス様。私もお供しますわ」
「政治の話をするのだ。お前には難しい。会場の方々のお相手をしていなさい」
「……分かりましたわ。ああ、殿方が大勢話しかけてきたらどうしましょう。面倒ですわ」
心配せずとも、今のお前に話しかける物好きは滅多にいないだろう。そうサイラスは心の中で毒づく。
そしてセリカを連れて、バルコニーに出た。
「サイラス殿下。私と二人きりでしたい政治の話とはなんでしょう?」
「セリカ。もう一度、余と婚約してくれ」
「……は?」
セリカからあの不敵な笑みが消えた。目を丸くし、それから何度も瞬きする。
明らかに動揺している。きっと、欲しい言葉がすぐにサイラスから出てきて感動しているのだろう。
「こうして余に会いに来てくれた。つまりお前は、余をずっと忘れられなかったのだろう? 余もときには間違いを犯す。お前との婚約破棄がそれだ。ヴォルフォード男爵領はめざましい成長を遂げた。いまや、この国の物流の三分の一がお前の領地を経由している。ダンジョンの魔石採掘も順調のようだな? そんなお前と余が手を組めば、エルトミラ王国は更に発展する。なによりもセリカ。お前は美しい……」
サイラスは甘い言葉を投げかけながら、セリカの髪に手を伸ばした。
が、軽く振りほどかれてしまった。
「……ご冗談を。ブレンダ様はどうするのですか」
「別れるに決まっている」
「なるほど。離婚するのは殿下の自由ですが、それは私には無関係な話です。どうもサイラス殿下は、とんでもない思い違いをしているようですね。私はただ、ブレンダ様が面白い体型になったと知り、実物を見てやろうと参上したまでです。私が今更あなたと婚約? どうやら二年の月日で、馬鹿に磨きがかかったようですね。やれやれ、度し難いとはこのことです」
セリカは再び笑みを取り戻した。明らかにサイラスを嘲笑っていた。
そしてクルリと身を翻してパーティー会場に戻っていく。
サイラスは兵士たちに命じてセリカを捕らえさせ、即座に処刑したかった。しかし王宮の兵士を総動員してもセリカには勝てないと判断する理性は、まだ辛うじて残っていた。
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