第23話 教え子がまた一人やってきた

 銀行に追加融資の相談をしようとしたら、逆に一括返済を求められる。

 ヴォルフォード男爵領はかつてない危機に直面した。


「はい……ヴォルフォード男爵領はこれまで幾度も利子を滞納していたので……法的には銀行に正当性があります」


「いや、それは私が領主になる前の話だろ。今は利子だけでなく元本も払っている。なのに警告なしにいきなり一括要求なんて銀行はなにを考えている? 私たちとの関係を悪化させて、得することがあるのか?」


 セリカもセバスチャンも、訳が分からず腕を組んで唸るしかなかった。

 そのときアリスデルが、珍しく真面目な表情で参加してきた。


「ヴォルフォード男爵領がお金を借りてるのって、王立エルトミラ銀行ですよね?」


「そうだが?」


「……サイラス殿下が、そこの頭取になったと、さっきニュースで見ましたよ」


 アリスデルは携帯端末を操作しながら呟く。


「は?」


 セリカはつい間の抜けた声を出してしまった。

 そして端末を借りて、そのニュースを見る。

 確かに、サイラスが学園の理事を辞めて銀行頭取になったという短い記事が書かれていた。


「さすが王族。自由自在に職を変えるなぁ。すると一括返済の要求は、サイラスの仕業か」


「それしか考えられないんじゃないですか?」


「あいつ、私に嫌がらせをするために宇宙に生を受けたのか?」


「宇宙の意思は知りませんが、サイラス殿下は本気でそう思ってるかもしれませんね」


「私がなにをしたっていうんだ。私は婚約破棄された被害者側だぞ」


「多分、サイラス殿下はそう思ってませんよ。マスターが学園を去ってから、ほかの教師が連鎖的に辞めちゃったらしいですし。それも有能な人ばかり」


「知ってる。何人かから『お前が辞めるなら俺も辞めるぜ! サイラス理事長はクソ!』みたいな品のないメールが来てたからな」


「それで臨時の教師を入れたら、授業のレベルが地に落ちたらしいですよ。失望した生徒たちが、ドンドンほかの学校に転入してるみたいです。すでに他国にも悪評が広がってますね」


「名門校の終焉か……それがサイラスのせいだとハッキリ分かっているのに、よくエルトミラ銀行の頭取に転職させてもらえたな。私が国王なら、殴ってでも止めるぞ」


 エルトミラ銀行は王立であるが、中央銀行ではない。ゆえに金融政策に口出しする権限はない。それでも歴史ある銀行の一つであり、もし倒産でもしたらエルトミラ王国の経済に大打撃を与える。


「ハッキリ分かってないんじゃないですか? 『学園がこうなったのはセリカ・ヴォルフォードがいきなりバックレたからで、自分は少しも悪くない』とか訴えれば、通用しちゃいそうじゃないですか」


「そんなわけあるか、と言いたいが、ありそうだから困る」


 セリカはうんざりして肩を落とした。

 世の中、一握りの天才の手によって動いているのではない。代替可能な凡人だけでも回せるような社会システムであるべきだ。だから、国のトップはその国で最も有能な者が就くべき、とは思わない。しかし馬鹿であっては困るのだ。


「今の陛下は、あまり国政に熱心ではありませんからね」


 セバスチャンも国王に言いたいことがあるらしく、話題に加わってきた。


「熱心なのは巨大戦艦の開発です。国政は宰相に任せっきりですが、唯一、戦艦開発の予算だけは減らすなと厳命しているらしいですよ。できることなら、駆逐艦も巡洋艦も廃止し、戦艦だけで艦隊を編成したいと国営放送で言っているのを見ました。とにかく戦艦が好きでたまらないそうです。自分で前線に出る気がないのに、贅をこらした専用の旗艦戦艦を作らせたくらいですから」


「へえ。戦艦が大好きだなんて、マスターと気が合いそうですね」


「そんなわけあるか。私は確かに戦艦好きだが、戦艦だけあればいいなんて言わないぞ。むしろ、これからの戦場の主役は魔法師だというのが私の意見なんだから。第一、エルトミラ王国の軍艦のデザインは無骨だから好みじゃない。その点、コーネイン王国の軍艦は流線型で美しい。自分の船にするならコーネイン王国がいいし、もし私が殺される側だとしてもコーネイン王国の軍艦に撃たれて死にたい。中でもテセウス級戦艦は別格の美しさ。おじいさまが残してくれたテセウス級を思い出せ。あの純白の船体、まるで翼を広げる白鳥のように優雅だった……」


 セリカは早口で一気にまくし立て、そして要塞で眠っていたテセウス級の姿を思い出し、恍惚とした。

 それから我に返ると、アリスデルがニヤニヤとしており、セバスチャンは逆に笑顔を引きつらせていた。


「戦艦を白鳥に例えるなんて、マスターは相変わらず、乙女チックなのが好きですよねぇ」


「やはり、そうなのですか? 初めてお会いしたときから、随分と可愛らしいお召し物だとは思っていましたが」


 セバスチャンが指摘したとおり、セリカの普段着は、いわゆるロリィタ・ファッションに分類される服だ。学園で教壇に立つときはスーツだったが、プライベートではひらひらしたのが多い。

 しかし――。


「これはアリスデルが選んでいる。私の趣味ではないぞ。誤解するな、セバスチャン」


「マスター。そんなに嫌なら、私が用意したのを素直に着ないで、自分で選べばいいじゃないですかぁ?」


「別に……そこまで嫌ではないし……せっかく選んだお前がかわいそうかと思って……」


「ははぁ、お優しいですねぇ。ですが、お気に召していない様子なので、明日からはもっとシンプルなのにしましょう」


「……いや、その……実は、気に入っている」


 セリカは観念して白状した。


「ふっふっふ。では明日からもマスターは私のお人形です。なにを着せようっかなぁ」


「いいよ、好きにしろ……セバスチャンも酷いぞ。私の服の好みが……ちょっと子供っぽいからって、引きつった顔にならなくてもいいじゃないか」


「も、申し訳ありません。ですが、私の顔が引きつっていたとしたら……それはセリカ様がもの凄い早口で『コーネイン王国の軍艦に撃たれて死にたい』と口にされたからでして……」


「お、おぅ……」


 そんなに早口になっていたのか。

 気をつけようと思っているのに、戦艦の話題が出ると理性の糸が切れてしまう。なぜなのか。


「それにしてもセバスチャン。お前もなかなかハッキリ言うようになったな。それだけ口が回る今なら、モーリスのような奴が現われても舌戦で勝てるな」


「セリカ様は堅苦しさを嫌い、部下であっても冗談を言い合える仲を好むとアリスデルさんが仰っていたので……お気に召さないようなら、改めますが……」


「ああ、そういうことか。堅苦しいのが嫌いなのは確かだ。冗談を言ってくれてもいいし、少しくらいなら私をからかってもいい」


 セリカがそう答えると、セバスチャンは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます!」


「だが、手加減してくれよ。アリスデルを基準にするな。こいつ、マスターと呼んでくるくせに、どこかで私をオモチャだと思ってるからな」


「うふふ、そんなことないですよぉ? 全てはマスターに対する敬意と愛情ゆえです。セバスチャンさんも遠慮せずにマスターをからかってください。もし泣いちゃったら、私が慰めておくので」


「泣くか! 私はもう二百歳だぞ! エルフの基準でも大人なんだからな!」


 セリカとアリスデルがじゃれ合うのを、セバスチャンは微笑ましい顔で見つめた。

 しかし遊んでばかりもいられない。

 借金の一括返済という大問題が迫っているのだ。


「仕方ない。私とアリスデルでしばらくダンジョンにこもって魔石を採りまくるか。セバスチャンは王立銀行と交渉して、少しでも一括返済の期限を延ばしてもらえるよう時間稼ぎをしてくれ」


「いくら私とマスターでダンジョンにこもっても、あの金額を短期間で稼げますかね?」


「多分、無理だろうな。別のところから借りるしかない。貸してくれるところがあればだが……」


 セリカは久しぶりに八方塞がりな気分を味わった。

 こと戦闘においては、師匠とクトゥルフ細胞以外に負ける気がしないが、金の問題はどうにもならない。


 どんよりした空気が執務室に漂ったとき、不意にセバスチャンの携帯端末から着信音が鳴る。

 相手はコーネイン王国の国営企業『コーネイン重工』の造船部門だった。

 セリカの祖父が残したテセウス級は、新品同様とはいえ五百年も放置されており、そのまま使うには不安が大きい。なので一度メーカーに点検してもらうため、製造元に連絡していたのだ。


「コーネイン重工の移動式メンテナンスドックが、もうすぐ到着するそうです」


「そうか、早かったな。新品のテセウス級をいじり回せるからと張り切って来たのかな? しかし、これでまた金がかかる。今更キャンセルもできないし」


「セリカ様。担当者が直接お話ししたいそうです。立体映像を出してもよろしいですか?」


「構わんが?」


 すると一人の若い男が投影された。

 年齢は二十代半ばほど。ブリジットと同年代。

 背が高く、端正な顔立ちだ。メガネをかけているせいか知的な印象を受ける。


「お久しぶりです、セリカ先生。学園でお世話になった、イーノック・コーネインです。ブリジットもそちらにいるらしいですね。あいつ、今でもパンを咥えてドタバタしてるんですか?」


 それはセリカにとって懐かしい顔。

 コーネイン王国の王子にして、かつての教え子の一人である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る