第24話 突然の大逆転
移動式メンテナンスドックを正面から見ると、凹の形をしている。古来より使われている海のドッグを切り取って宇宙まで持ってきたような姿だ。
そのメンテナンスドックは小惑星帯のすぐそばに停泊している。
セリカは再びイグナイトの力を借りてイニティウム要塞まで行き、そして祖父が残した戦艦を牽引して外に運び出す。
テセウス級戦艦をドッグに入れると、アームが伸びて船体を固定した。
セリカとアリスデルとブリジットは、メンテナンスドック内部へ移動し、コーネイン重工の社員に案内され、艦長室に入った。
「お久しぶりです、セリカ先生。大人っぽくなったじゃないか、ブリジット。それとアリスデルさんでしたね。セリカ先生を車で送り迎えする姿を何度か拝見しました」
「まさかお前が来てくれるとは思わなかったよ、イーノック殿下?」
「よしてくださいセリカ先生。呼び捨てにしてください。ブリジットも昔のままで、よろしくお願いします。それに今日は王子としてではなく、コーネイン重工造船部門の代表として来ているのです」
イーノックがそう言うと、同級生だったブリジットが口を開いた。
「お前が造船部門の代表なのは知っていたが、てっきり名誉職だと思っていた。真面目に働いているんだな。社員に煙たがられていないか?」
「失敬な。これでも慕われているつもりですよ。あなたこそ、そのガサツな性格でよく戦艦三隻もの大部隊の司令官が務まりますね」
数年ぶりの再会のはずなのに、二人は開幕から学生時代と同じノリで喧嘩を始めた。
「マスター。あの二人、仲が悪いんですか?」
「いや。喧嘩するほど仲がいいのさ」
アリスデルの質問にセリカが答えると、二人は仲良く同時に抗議の声を上げた。
「とんでもない。パンが欲しいという理由で人を突き飛ばして走って行く奴と、仲良くできるわけがないでしょう!」
「お前が私の前に立ち塞がるのが悪い! おかげで購買部の一番乗りを何度逃したと思っている!」
「私は風紀委員でした。そして廊下を走るのは校則で禁止されています。なら同じクラスの者が昼休みになった瞬間に全力ダッシュするのを止めるのは当然でしょう」
「途中からは走るのをやめて、ちゃんと早歩きにしたじゃないか! 校則を守っている!」
「人を突き飛ばすほどのスピードなら同じことです!」
そうそう、こんなノリだった――とセリカは懐かしくて嬉しくなった。
「マスター。この二人、昼休みは毎日ぶつかってたんですか?」
「ああ。私の知る限りはそうだな」
「超仲良しじゃないですか」
「うむ。ブリジットは座学が苦手で、いつもイーノックに教えてもらって赤点を回避していた。逆にイーノックは魔法の実技が苦手で、ブリジットが練習に付き合っていた。私はてっきり、お前たちは付き合っていると思っていたんだが?」
「……付き合うわけがないでしょう。それに私には、当時から婚約者がいましたからね」
呟いたイーノックの左手の薬指には、指輪があった。それを見たブリジットは、一瞬だけ辛そうな顔をした。
「昔話はあとにして、ビジネスの話をしましょう。セリカ先生から連絡をいただいたときは驚きましたよ。放置された要塞から新品同様のテセウス級戦艦を発掘したなんて、冗談かと思いました。しかし五百年前の顧客リストを調べたら、確かにヴォルフォード男爵領の名がありました。また弊社の宇宙基地建設部門で、小惑星を利用した要塞の建設も行っていました。そして、その後のヴォルフォード男爵領が……失礼ながら戦艦の運用ができないほど財政が悪化したのを考えると、使われていないテセウス級があっても不思議ではないという結論になりました。それにしても……実際に目にすると、想像していたより保存状態がよく、驚きました」
「美しいだろう」
「はい。改造されたテセウス級はいくつか見たことがあり、それぞれ見事でしたが……素の状態ですでに完成した美しさです」
「お前は話が分かる奴だな。あの鋭さと優雅さを兼ね備えた流線型がなんとも言えない」
「分かります。すると、あの状態で保存するのですか?」
「いいや、改造する。改造してこそテセウス級だ。私オリジナルの戦艦にして、いつかテセウス級祭りに出るのだ!」
「素晴らしい! ではこちらが弊社の純正チューニングパーツのカタログになります。どこかで購入した社外品パーツを、弊社のドックで取り付けるサービスも行っています」
「ほう! メーカーで社外品をつけてくれるのか。思い切ったなぁ」
セリカはカタログを受け取りながら賞賛した。
データではなく紙のカタログというのもいい。こういうのはページをめくるワクワクがないと駄目だ。
「ええ。改造してこそテセウス級ですから」
イーノックは誇らしげに笑って答えた。
「よし。ではまずは各種レーダーとコンピュータを最新のに交換して……いや、待て。そんな贅沢をしている余裕はないんだった」
勢いに任せて欲しいパーツを全て発注したかった。
この大口径の反陽子ビーム砲など実にそそる。
だが、金がない。
「もちろん、今すぐ購入していただかなくても結構ですよ。そのカタログをもちかえって、じっくり検討し、領地の税収を改善させてからで結構です。セリカ先生ならすぐ結果を出せるでしょう?」
「うむ……そう信じてくれるのは嬉しいんだが……実はな」
セリカは王立エルトミラ銀行に、借金の一括返済を迫られていることを語った。
「は? ダンジョンがあって安定して魔石を採れる領地に投資したがらない銀行があるんですか? あまり他国の王族を悪く言いたくありませんが……新しく頭取になったサイラス殿下は、その……控えめに言って馬鹿なのでは?」
「うむ。私もそう思う」
するとアリスデルとブリジットも「馬鹿だ、馬鹿だ」と賛同してきた。
「サイラス殿下は第一王子なんですよね? すると次のエルトミラ国王になる可能性が高い」
「よほどのことがない限りはそうだろうなぁ」
「私の王位継承権が低くてよかった。私は第七王子ですから、国王になることはまずありません。しかし兄は将来、隣国の国王としてサイラス・エルトミラ国王陛下と外交のテーブルに立つわけですね……今から同情しますよ」
「王族というのは大変なんだなぁ。やはり、私のような地方領主が気楽でいい」
「継承権の低い王族も気楽ですよ。地位を利用してやりたい仕事にも就けます。いやぁ、第一王子じゃなくてよかった」
セリカとイーノックは「はっはっは!」と笑い合う。
「いや、私は笑ってる場合じゃない。このままでは破産だ。やはりダンジョンに潜るしかない。ああ、安心してくれ。今回のメンテナンスの代金はすぐに振込むから」
「待ってください、セリカ先生。事業計画書を作ったんですよね。よかったら私に見せてくれませんか? 力になれるかもしれません」
「ふむ、いいだろう」
セリカはセバスチャンに連絡し、イーノックに事業計画書のデータを送るよう指示する。
「言っておくが、まだ書きかけだぞ」
「承知しています。しばしお待ちを」
イーノックはタブレット端末に視線を落とし、驚くほど素早く指でスライドさせていく。
学生時代から本を読むのが早い子だったとセリカは思い出す。
「これを書いたセバスチャンという家令は、かなり優秀ですね。ヴォルフォード男爵領の強みと、ビジネスの展望が分かりやすい。そして弱点を隠さずに書いている。セリカ先生以外にこういう人がいるなら、ますます将来性があります」
「うむ。お前から見てもセバスチャンは有能か。それはよかった」
部下を褒めてもらい、セリカは機嫌がよくなる。
セバスチャンの同僚であるアリスデルも、満足そうに頷いていた。
「セリカ先生。我がコーネイン重工に、ヴォルフォード男爵領への投資をさせてください。取締役たちは私が説得します。この材料なら簡単に通るでしょう。エルトミラ銀行への返済はもちろん、要塞を物流拠点にするお手伝いもさせてください。お互い、大きく儲けましょう」
続いてイーノックが発した言葉は、機嫌がよくなるというレベルではなかった。
突然の大逆転が起きて、さすがのセリカも理解が追いつかない。
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