第12話 事故の真相を探る

 父と兄が死んだ宇宙クルーザーの事故は、仕組まれたこと。

 少しは予想していたセリカだが、実際に他人の口から言われると、一気に現実味が増してしまう。


「その根拠は?」


「先代様は領地運営にあまり関心を持たれないとはいえ、さすがに借金の額を気にされていました。また各地の設備の老朽化が始まっているのに、なかなか交換が進んでいないのも知っていました。先代様はモーリスさんを信じて任せていましたが、一年ほど前から、成果のなさに痺れを切らしているご様子で……かなりモーリスさんを急かしていました。解雇をチラつかせているのも聞いたことがあります。もっとも新しく雇おうにも、家令を務められるほどの人材は、なかなかこの星に来ませんが」


「モーリスはほかの星の生まれか?」


「はい。前の家令が健康上の理由で辞職することになり、求人を出したらすぐモーリスさんが来ました。確か十年ほど前……セリカ様の婚約が発表された頃です」


「もしかして、私が王子と婚約したから銀行はいくらでも金を出すと父上に吹き込んだのはモーリスか」


「はい……今にして思えば私が止めるべきでしたが、あのころの私はまだ世間知らずの二十代でして……」


「お前を責めるつもりはない。重要なのは、父上と兄上を殺したのが本当にモーリスか、だ。このままでは横領がバレる。そう思って父上と、後継者の兄上を亡き者にした。それが動機か」


「おそらくは。そして一人残ったセリカ様がヴォルフォード男爵家を継ぎます。セリカ様は普段、王都星で教鞭を執っておられますから、領地運営に口を出される心配はないと思ったのかもしれません」


「だが私は学園を辞め、婚約破棄もされ、この星に帰ってきてしまった。モーリスは計画が破綻したから、あんなに焦っていたんだな。奴はこれからどうするつもりだろうか。私に渡すデータを改竄しても、一時しのぎにしかならない。現にこうして、セバスチャンから情報が漏れているわけだし」


「隙を見て暗殺……そうしたらヴォルフォード男爵家の跡継ぎがいないので、お家取り潰しになりますね……いや、セリカ様を殺した上で、怪我や病気で人前に出られないことにすれば、モーリスさんはしばらく家令を続けられます。その間に横領を続けて財産を蓄えて逃げてしまえば……」


 セバスチャンは顎に手を当て、己の推理を語る。


「お前、大人しそうな顔なのに、なかなか怖い発想をするんだな」


「し、失礼しました……!」


「いや、現実的な思考ができるのはいいことだ」


「そう言っていただけると、意見を言いやすくて助かります。とにかく身辺に注意してください。セリカ様がお強いのは知っていますが、向こうは暗殺を狙ってくるでしょうから……」


「闇討ち、毒殺、狙撃、宇宙船の爆破事故……実際にやられても死ぬ気はしないが、気をつけよう。ところでモーリスが犯人だと仮定して、どうやって宇宙クルーザーを爆発させた? 奴自身に機械いじりの能力はあるのか?」


「モーリスさんが機械に強いというのは聞いたことがありません。先代様の宇宙クルーザーは、いつも決まった工場に持ち込んで整備していました。工場主ならなにか分かるかもしれません」


「そうか。分かった、ありがとう。お前は仕事に戻れ。整備工場の場所だけ教えてくれればいい。あまり私に付き合っていると、モーリスに怪しまれるからな」


 セバスチャンが執務室を出て行ったあと、セリカはアリスデルに向き直る。


「あのセバスチャンという男、どう思う?」


「顔は頼りないですが、なかなかちゃんとしていますね」


「お前もそう思ったか。質問すれば、こちらが聞きたいことを答えてくれる。細かいところまで覚えているし、情報を元に推理もできる。ああいう有能な男がいるのに、いつまでもモーリスなどを家令にしていたのは、自分の父親ながら褒められた話じゃないな」


        △


 アリスデルが運転する自動車で、整備工場に向かった。

 個人経営と聞いていたが、思ったよりも敷地が広く、庭にトラック船や小型シャトルが数台、並んでいる。農薬散布用と思われるドローンもあった。手広く整備しているらしい。

 だが、肝心の工場はシャッターが降りていて『一身上の都合により、しばらく休みます』という張り紙があった。


「ああ、お嬢さんたち。その工場は駄目だよ。工場主が宝くじに当たったとかで、近頃、働かないで昼間から飲み歩いているんだ。おかげでこっちも、遠くの工場までドローンを持っていく羽目になって困ってるんだよ。まったく、もういい歳なのに結婚もせず……呆れた男だ」


 偶然通りかかったトラック――宇宙用ではなく四輪で走る地上のトラック――の運転席から、日に焼けた農民が顔を出して教えてくれた。


「そうなのか。どこの店で飲んでいるか分かるか?」


「ああ……ところで、あんたらみたいな若い娘二人が工場主になんの用……ん? その耳、エルフか? ってことは新しい領主様ですかい?」


「そうだ。先代領主フレッドの娘、セリカ・ヴォルフォードだ」


「ははあ、お顔を拝見するのは初めてですが、フレッド様に似ず、美人ですなぁ……おっと、失礼。フレッド様も愛嬌のある顔でしたぜ。毎年、のど自慢大会で酷い歌を披露してくれて困っていましたが……もうあれを聞けないと思うと寂しいですぜ」


 自分の父が貶されつつ慕われるという奇妙な状況に晒されたセリカは、苦笑するしかなかった。

 そして農民が教えてくれたいくつかの店を回る。

 三件目。バーのカウンター席に、琥珀色の酒がなみなみと注がれたグラスを持つ男がいた。

 セバスチャンがくれた写真データと見比べる。

 間違いない。工場主だ。


「父上と兄上の事故について聞きたいことがある」


 セリカは工場主の横に立ち、静かに言い放つ。

 次の瞬間、真っ赤だった工場主の顔から見る見る血の気が引いていき、真っ青になった。


「その耳……エルフ……新しい領主!」


 工場主は椅子から飛び上がり、入口に向かって走り出した。

 が、そこはすでにアリスデルが塞いでいる。

 慌てて裏口に行こうとするが、かなり酔っているらしく、盛大に転んでしまった。


「俺は……俺はなにも知らない……!」


「まだ質問していないのに、なにを知らないって?」


 セリカは工場主の髪の毛を掴んで持ち上げる。


「さて。お前の工場に移動しようか。アリスデル、店主に迷惑料を払ってやれ」


「承知しました。あ、なかなかいいお酒を置いてますね。一杯飲んでいっても?」


「いいはずないだろ。飲酒運転になるぞ。ほら、早くしろ!」


「はーい。ではお騒がせしましたー」


 アリスデルは財布から金貨を出して、店主に握らせる。

 店主と客たちが唖然とする中、セリカは工場主を車の後部座席に押し込んだ。

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