第11話 家令補佐セバスチャン

「遅くなりました。家令補佐セバスチャン・ウィットルです」


 セリカの執務室にやってきたのは、三十代半ばほどの男だ。

 本人が言ったように、役職はモーリスの補佐。

 領地運営について質問したいから来てくれと呼んだのだ。

 セリカは魔法で部屋を完全防音にしてから、単刀直入に本題を切り出した。


「この星にダンジョンがあると知っていたか?」


「ダンジョン、ですか? いえ……聞いたこともありません」


「そうか。実は昨日、ニュートラル・イグナイトの戦艦によるスキャンで発見した」


「なんと! それは、おめでとうございます! これでようやく借金を返す算段を立てられますね!」


 セバスチャンはダンジョン発見を心の底から喜んでいる様子だった。

 信用に値する人物に見える。

 そして、だからこそ彼の放った言葉がセリカに衝撃を与えた。


「待て。借金だと? モーリスにもらった資料にそんなものは書いてなかったぞ。この領地の資金繰りがカツカツだとは聞いている。だが借金までしているのか?」


「はい……え、本当にモーリスさんは説明しなかったのですか?」


 セバスチャンが語る借金の額を聞き、セリカとアリスデルは目を丸くした。

 イグナイトの戦艦三隻を買ってもお釣りが来そうだった。


「よく銀行はそんな額を貸してくれたな……自分の故郷を悪く言いたくないが、担保になるものがなにもないぞ」


「それはセリカ様が第一王子の婚約者という立場だったからです。ヴォルフォード男爵領の財政がどうであろうと、最終的に王室が返済するだろうと……」


「それは、我が家も銀行も考えが杜撰すぎるだろ!」


「私もそう思いますが……」


 申し訳なさそうにするセバスチャンを見て、セリカは自分の気を落ち着かせた。別に彼が借金を申し込んだのでも、貸してくれたのでもないのだ。声を荒げても仕方ない。


「で、こんな額をなにに使ったんだ?」


「貯水池を作るとか、川に堤防を作るとか……いわゆる公共事業です。詳細はモーリスさんしか知りません」


「本当に杜撰だな! 誰も知らない場所に超高層ビルでも乱立させたのか? それともモーリスの奴、横領してるんじゃないだろうな?」


 セリカが頬杖をついて言うと、セバスチャンの表情が動いた。

 なにか言おうとして、それからアリスデルに視線を向ける。


「案ずるな。このアリスデルは私の分身も同然。私に話せることはアリスデルに話しても問題ない。そして、この部屋は魔法で防音されている。盗み聞きされる心配もない」


「電波も遮断しています。盗聴器があってもへっちゃらです」


 セリカとアリスデルがそう言うと、セバスチャンは覚悟を決めた顔つきになる。


「横領は……あると思います。いくら調べても、借りた額に見合った工事が行われている形跡がないのです。それどころか、領民たちからの苦情は増える一方です。橋が老朽化しているとか、崖が崩れそうだとか……極端な話、銀行から借りた額をそのままモーリスさんが持っていった可能性もあるかと……」


「そうか……上司を告発する真似をさせて悪いな。だが、状況は私が想定していたよりも酷いようだな。実はな、ダンジョンの前に集落があり、すで冒険者が探索を始めていた。その冒険者たちは、モーリスに雇われたと言っている」


「なんと! いえ、やはりと言うべきでしょうか……私が知っていることは全てお話しします。正直なところ、誰かに言いたくて仕方がなかったのです。私の胸の内に秘めるには、大きすぎる話ですから! まずダンジョンですが、今にして思えば奇妙なことがありまして――」


 五年ほど前。猟師をしている領民が、山に見知らぬ男たちがウロついているのを目撃した。

 また、なにかが宇宙に上がっていくのを見たと、その山の近隣に住む者たちから報告が上がっていた。

 あまり領地運営に興味を示さなかったセリカの父親も、奇妙な連中が自分の領地をウロついていると聞き、さすがに調査を命じた。


「するとモーリスさんはこのようなことを言ったのです。『実はその者たちは私が雇った調査員です。あの辺りに地下資源があるかもしれないと、採掘会社からの情報がありまして……ところが資源どころか有毒ガスが見つかりました。あの辺りは立入禁止にしましょう』と。それを聞いた先代様も私も信じてしまい、モーリスさんの言うとおり、領民たちに立入禁止を通達しました」


「その場所は?」


 セバスチャンが答えた場所は、あのダンジョンと一致した。


「つまり、猟師が見た男たちは冒険者だったんだな」


「おそらく、そうでしょう。そう言えば、同時期に人工衛星の警戒システムがエラーを出していたような……ダンジョンから出た魔石を運ぶのを誤魔化すためでしょうか……当時のログを詳しく調べてみましょう」


 理路整然としている。

 どうやらセバスチャンは有能らしい。

 セリカは心強い味方を得た気持ちだった。


「それからこれは、セリカ様にとってお辛い話になるかもしれませんが……」


「遠慮するな。言え」


「……フレッド様とハドリー様の事故は、意図的に引き起こされたのかもしれません」

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