第9話 ダンジョンの気配

 ゴブリンを倒した次の日。

 平和になったはずのヴォルフォード男爵領で、とある異変が起きていた。

 のどかな草原だった場所が、見渡す限りの荒野に変わってしまったのだ。


 その荒野に、何百人という人間が倒れている。

 全員がニュートラル・イグナイトの社員だ。

 精鋭の魔法師集団として銀河に名をはせる彼らだが、今日ばかりは一方的に蹂躙されてしまった。

 ほとんどが気絶しており、意識がある者も「やっぱ人間業じゃねーよ……」と恐怖に染まった呟きをするのみ。

 イグナイトの社員をこんな目に合わせたのは、領主であるセリカだ。


 ゴブリン退治に協力してもらった翌日に暴力を振るったのは、決して乱心しての行いではない。

 むしろ真逆。

 契約を履行しているのだ。


 この星を守る代わりに、セリカが社員たちを鍛える。それがニュートラル・イグナイトとヴォルフォード男爵領が交わした契約である。

 そこでセリカはまず、イグナイトの魔法戦闘員を全員ここに集合させ、そしてボコボコにするところから始めた。


「さすがはセリカ先生。私はイグナイトの中で一番強いという自負を持っていますが、全員同時に相手するのは無理です。まして、誰も殺さず無傷で快勝するなんて」


 司令官ブリジットは、倒れる社員たちを見つめ、満足げに頷く。


「それにしても、これってなんの訓練になるんです? ただマスターが大暴れしてストレス解消しただけに見えるんですが」


 メイドのアリスデルが首を傾げながら疑問を口にする。


「私が人をいたぶって喜ぶ奴みたいに言うな。むしろ誰も死なないよう一撃一撃をコントロールして、凄く神経を使ったんだぞ。そして、これには立派な意味がある。イグナイトの社員は確かに精鋭だ。集団での連携も取れている。だが、それでも勝てない相手がいると彼らは学んだ。仲間のみんなで力を合わせ、極限まで力を振り絞っても、私一人に勝てない……この宇宙には、そんなこともある。それを知っているのと知らないのでは、大きな違いだ」


「ああ、なるほど。私にも覚えがあります。目覚めてすぐ、マスターに張り倒されましたからね。自我を認識した直後に『自分より強い奴がいる』と植え付けられたお陰で、傲慢なドラゴンにならずに済みました」


「だろう? 私だって、いまだに師匠の背中を追いかけているんだ。漠然と努力するより、目指すべき目標が見えていたほうが、力強く歩める」


「逆に目標が遠すぎて、歩みを止めちゃう人もいるのでは?」


「いるだろう。けれどイグナイトはそんな柔な奴を雇わない。そうだろうブリジット?」


「もちろんです。彼らは今日の敗北を糧に、より強くなってくれるでしょう。セリカ先生、明日からもビシバシよろしくお願いします」


「こらこら。他人事のように言うなブリジット。お前も加わるんだよ。私から見れば、ブリジットもまだまだだからな」


 セリカがそう言うと、ブリジットの顔から血の気が引いた。


「わ、私もですか!? 学園にいた頃みたいな特訓をやるんですか……?」


「学生のときと同じなわけあるか。もうプロなんだから、もっと厳しくするに決まっている」


「想像しただけで吐き気が……あ、セリカ先生! イグナイトにはこの星を守るという任務があるので、全員がぶっ倒れるまで訓練するのはいけません」


「そうか。言われてみると確かにな。戦艦が三隻だから、それに合わせて三班に分けるか。一週間ごとに交代で鍛える」


「賛成です。そして私は司令官なので、全体を指揮するため、つねに宇宙で待機を――」


「駄目だ。副司令くらいいるだろ。お前も加わるんだ」


「……仕方ありません。久しぶりにセリカ先生の授業を楽しむとしましょう。それはさておき、セリカ先生。この星って公表していないだけで、ダンジョンがあるんですか? バラしたりしないので、私にだけこっそり教えてくださいよ」


 ブリジットは声を潜めて囁いた。

 横でアリスデルが、なんのことか分からないという顔をする。

 しかしセリカは頷いた。


「ああ、ブリジットもそう思うか? この星に帰ってきてから、ダンジョンの気配がするんだ。なのにモーリスの資料には、なにも載っていない」


 ダンジョン。それは古代文明の遺跡の一種。

 もし見つかれば、その土地の持ち主は巨万の富を得られるという――。

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