第10話 雇い主の名は
惑星アーカムは人類発祥の場所だ。
人類がそこから飛び立ち、別の惑星を開拓するようになってから、約五千年が経過している。
ヒューマン族を中心とした人類は、自分たちの前にも高度な文明を築いた知的生命体がいたという痕跡を、銀河のあちこちで発見した。
人類は、自分たちが孤独な文明ではないと知る。ほかの知的生命体と出会えるかもしれない可能性を得た。
その一方、大切なものを失った。
ほかの星に住むようになってから四百年が経った頃。突如として母なる星アーカムが消滅したのだ。ほかの天体と衝突したとか、ブラックホールに飲み込まれたとか、様々な憶測を呼んだが、今でも原因は分かっていない。
しかし母星を離れて数百年も経っていた人類は、故郷の消滅よりも、生存圏の拡大と、古代文明の遺産に興味を向けていた。
何億年も前の遺跡しか残っていないのでハッキリしたことは不明だが、古代人は人類より少し大きいくらいのサイズだったらしい。そして、科学でも魔法でも、今の人類より進んだ技術力を持っていたようだ。
ダンジョンはそんな古代文明の遺跡の一種。
原理はまるで不明だが、どうやら異次元からなにかしらのエネルギーを呼び出し、無限に魔物と資源を作り続けているようだ。
ダンジョンそれ自体が生物なのだ、という説もある。あるいは、ダンジョンとは一つの異世界である、と主張する研究者もいる。
ダンジョンを発見できるかどうかは、かつての石油や温泉と同じように偶然が絡む。しかし、魔力感知に長けた魔法師なら、近くに行けばそれらしき気配を感じ取れるという。
そして不思議なことに、長期に渡って誰も足を踏み入れていないダンジョンより、定期的に探索されているダンジョンのほうが、圧倒的に気配が強い。
これまではセリカが故郷に帰ってきても、ダンジョンの気配はなかった。
なのに今回、急に感じ取った。
つまり未発見だったダンジョンを誰かが見つけ、探索しているのだ。
「家令の……モーリスさんでしたか? データにないというのはつまり、モーリスさんも知らないダンジョンを、誰かが勝手に探索しているという話ですか?」
ブリジットがそう指摘する。
普通に考えれば、その可能性が高い。
だがセリカはモーリスに疑念を持っていた。
「モーリスの奴、最初から少し変だった。私が領地に帰ると言ったら、妙に慌てていたし。そのあとも領地の外で働くのを勧めてきた」
「そう言えば、私が強いと知ったとき、凄く嫌そうな顔をしていました。まるで邪魔者が増えたと言わんばかりに。初対面だけは好印象でしたけど……今にして思えば、わざとらしかった気もします」
アリスデルは珍しく真面目な顔になる。
こうなってくると疑念はどんどん深まっていく。
「とにかく、ダンジョンを探してみましょう。宇宙からスキャンさせます」
ここで倒れている魔法戦闘員だけがイグナイトの社員ではない。当然、戦艦を動かすためのクルーだっている。
ブリジットは携帯端末で「赤道上空に均等に三隻を並べ、公転しながら星全体をスキャンせよ」と命じた。
「――座標データ、来ました」
「よし。アリスデルはドラゴンになれ。ブリジット、案内を頼むぞ」
重力制御により音速を容易く突破できるアリスデルは、星の裏側であっても数時間で到着できる。
彼女がドラゴンだと知っていたブリジットだが、実際にその背に乗るのは初めてだ。「どんな航空機よりも速い!」と感激していた。
やがて座標データの位置に到着する。
そこは木に被われた山の麓だった。
「なんだ……地図には載っていない集落があるぞ」
木製の小屋が並んだ、小規模の集落。
汚れ方を見る限り、昨日今日作られたものではない。もう何年も前からここにあり、人の営みが行われてきたと分かる。
アリスデルが降りていくと、集落でパニックが起きた。
が、メイドの姿に変身すると「なんだ、魔法師がドラゴンに変身していやがったのか!」と安堵の声が上がる。
そして集落の者たちは、いきなり攻撃魔法を撃ってきた。
「乱暴な人たちですねぇ。見た目からしてゴロツキって感じですが」
アリスデルは涼しい口調で、重力障壁を展開。全ての攻撃魔法を反転させ、ゴロツキたちにお返しした。
爆発と悲鳴が広がり、十数人の負傷者が生まれる。
「乱暴なんて話じゃない。完全に私たちを殺そうとしていたではないか。おい、お前たちは何者だ? 斜面の穴は、ダンジョンへの入口だな?」
「て、てめぇらこそ何者だ!」
「質問しているのは私だが?」
セリカはその男を足で踏みつけた。
すると、なぜかアリスデルが慌てた表情になる。
「駄目ですよ。マスターみたいな美少女に踏まれると、ご褒美に感じる人もいるんですから!」
間髪入れずにゴロツキが声を荒げた。
「ああっ!? 色気のある美女ならともかく、こんなチンチクリンのガキに踏まれて喜ぶ奴がいるかよ!」
セリカは全身の血管が沸騰したような感覚になる。
少し前なら、この程度の悪口で動揺したりしなかった。
だが、サイラスの婚約者の胸が頭にチラつく。
もはやサイラス本人など眼中にないが、体形のコンプレックスだけは見事に残った。
「チンチクリンで悪かったな! エルフだから成長が遅いんだ! 仕方ないだろう!」
セリカはその男の胸ぐらを掴んで持ち上げ、そのまま顔面をぶん殴り、小屋の壁に叩きつけてやった。
「このガキ……野郎ども! 仲間をやられて黙っていられるか! 気合いいれろ!」
「うおおおおおっ!」
爆発で負傷していたゴロツキたちが、気合いの雄叫びを上げながら立ち上がる。
セリカは怒りにまかせて、全員を拳で殴りまくった。
人相が変わるほど顔を腫れ上がらせたゴロツキたちは、さっきまでの勢いが嘘のように正座して並ぶ。
「新しい領主様とその従者たちとは知らず、大変申し訳ありませんでした!」
「ふん。謝ったから今度ばかりは許してやろう。もう人の容姿を馬鹿にするなよ。では、さらばだ」
「ちょっ、セリカ先生! 当初の目的を忘れてます!」
「あ……そうだったな。お前たち、どうやってここにダンジョンがあると知った? この星の領民ではないのだろう? ダンジョンの盗掘を専門にしている輩か?」
そう尋ねると、ゴロツキたちは不思議そうに顔を見合わせた。
「いや、俺たちはむしろ、あんたたちが盗掘団かと……ドラゴンに変身できる魔法師なんて、ただ者じゃねぇですし」
「なに? どういうことだ?」
「俺たちは家令のモーリスさんに雇われた冒険者です。あの……モーリスさんから聞いてないですかい?」
今度はセリカたちが顔を見合わせる番だった。
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