第8-11話 規格外の魔術師

 ナトはその日、その時……どうして、“極点”なんてものが存在していたのかということを心の底から理解した。


 彼女にとって“極点”とはおとぎ話の存在であり、ただ人より魔術が得意な魔術師連中だと思っていた。だから、あれだけ人気になる意味が分からなかった。


 あんなものを大切に崇めている連中は、子供のころから成長していない馬鹿たちだと思って見下していた。


 だが、知ってしまった。


 この世には、規格外の人間がいるということを。

 どうやったって、そこにたどり着けるイメージの湧かない魔術師がいることを。


「これで終わりか」


 禁術によって得た魔力と“適性”を持った選ばれた魔術師たちが、何十人も集まって作った防衛戦を軽々と突破してきたモンスターたちを、5分もかからずに全滅させた魔術師はそう言って、踵を返す。


 そこには、彼の仲間である『治癒師ヒーラー』が、白髪の少女……じゃなくて、少年を治している姿があって。


「ユーリは大丈夫そうか?」

「僕を誰だと思ってるんだ」

「……悪い。愚問だったな」


 見たことない高度な治癒魔術。

 きっと彼もまた、優れた魔術師なのだろうということが伝わってきた。


「……イグニ?」


 ナトは『治癒師ヒーラー』からの返事に安堵を抱いている赤髪の魔術師にそう聞くと、彼は「おっ?」という顔をして頷いた。


「ああ、俺がイグニだ。君は……」

「私はナト。ユーリちゃんの友達よ」


 ……ユーリちゃん?


 と、イグニは不思議に思ったがそれを顔には出さず、


「よろしく」


 そういって差し出された手をナトは少しだけ見た。その手を取るべきか迷ったが……わずかの逡巡を経て、結局イグニの手を取った。


「噂は……ユーリちゃんからたくさん聞いてる。『ファイアボール』しか使えないのに、最強なんでしょ?」

「ああ、そうだ」


 何を今更、と言わんばかりにイグニは頷いた。


「……聞きたいことは、たくさんあるけど」


 ……全部、嘘だと思ってたよ。ユーリちゃん。


 ナトは心の中で1度ユーリに詫びて、気になっていたことを尋ねた。


「どうして、ここに?」

「ああ、それなんだけど」


 イグニは平然ととんでもないことを言った。


「最前線が突破されて、俺たちが担当していた砦も破壊されたんだ。今は撤退中だよ」

「……破壊されたって、どこの砦?」

「ここから北に30kmは行った所だな。撤退する途中、ここにユーリがいるって聞いて……それで、今度はここにお邪魔しようと思ってたんだけどこんなにことになってるとはな」


 見ればイグニの他にも、遅れてやってきた騎士団員たちが防衛拠点の中にいた上官たちと合流しようとしていた。すぐに命令系統が整えられ、やってきたばかりの騎士団員たちはワイバーンによって斬られた死体の後片付けを始めた。


「じゃあ、最前線は……」

「他のところがどうなってるか分からないけど、このラインはこの拠点が最前線だ」


 イグニの言葉にふら……と、ナトは目眩がしそうになった。

 なんでこんなことになるんだ……と思いながら頭を抱えた。


「……わ、私が聞いた時は、全然モンスターが来ない……安全な場所だって言ってたのに」

「それは……」


 確かに当初の作戦では、この防衛拠点は後方も後方。

 それより遥か前線で“極点”たちが食い止めるという計画だったのだ。


 だが、今は既にそれが機能していない。

 彼らは何らかの要因によって消え去ってしまい、人類は一方的に押し込まれているのだから。


「に、逃してよ! 私を、ここから……!」

「悪いけど、俺にはそれができない」


 イグニはあくまでもアーロンの護衛という立場で移動しているのだ。

 彼女の側を大きく離れることも、また騎士団の命令系統を無視した命令をすることもできないのだ。


「だけど、安心して欲しい。俺が、絶対に守るから」

「……っ!」


 その言葉はナトを勇気づける意味もあったのだろうが……それができるという圧倒的な自信に満ち溢れた声だった。



 というわけで、ぶっ壊れた砦では守るものも守れないということで1日かけて撤退してきたイグニたちは、大きく後方に下がってから体勢を整える羽目になった。アーロンを中心にして、彼らは部屋の中に顔を集める。


 先の戦闘で大きく戦闘員が減ったので、部屋にはいくらでも余りがあったのは……幸運と言っても良いことだろうか。


 それは分からないが、その部屋の扉を空けて中にエドワードが入ってくる。

 そして、開口一番こう言った。


「ユーリの治療が終わったぞ。傷が大きい分、時間がかかったが……もう大丈夫だ。時期に目を覚ますぞ」

「ありがとな、エドワード」

「ふん! 僕は『治癒師ヒーラー』だからな。当たり前のことを当たり前にやっただけだ」


 そういって、少し顔を赤くしてそっぽを向くエドワード。

 怒らせたかな……と、少し悪いことをしてしまった気分になるイグニ。


「そんなことよりも、だ」


 エドワードはイグニから視線を外し、6の人間に目を向けた。


「そろそろ、話を聞かせてもらうぞ。

「……あァ」


 部屋の中心で、消えたはずの“極点”は静かに唸った。


 時はさかのぼって1日前。

 イグニとアリシアがルーラントとマルコを捕えた後、騎士団たちが砦の中に残った仲間の救出作業をしている横で、イグニたちはある悩みを抱えていた。


 『英雄』たちを捕虜にしたは良いが、輸送の手段が無いのである。


 マルコはともかくとして、40m大の巨大な人間をアリシア1人で運ぶのは不可能だ。しかし、拘束を解いてしまえば彼らは再び逃げ出すだろう。そうなれば、せっかく手に入れた『魔王』の手がかりを失ってしまうことになる。


 そこでイグニたちがあーでもないこーでもないと、マルコたちを運搬する方法について話を広げていたときに、イグニの影がうごめいて、


『動くなよ、クソガキ』


 と、聞き覚えのある声で罵倒されたイグニが困惑していると……その影から、アビスが出てきたのだ。


 見覚えがあるのはイグニとアリシア、そしてアーロン。


 どうして捕えたはずのアビスがここにいるのか。

 いや、そもそも彼は消えたはずじゃなかったのか。


 何を聞くべきか分からず迷っていたイグニたちだったが、アビスは周囲をひと目見てルーラントたちの扱いに困っていることを見抜くと、彼の魔法によって無限の地平線に彼らを収納し、こう言った。


『まだ何も聞くな』と。


 聞きたいことは山程あったが、彼もまた“極点”。

 なんだかんだ言って人類の守護者である。彼が聞くなというなら聞かないのが最善手なのだろうということでスルーされていたが、そろそろエドワードも我慢の限界に来たのだろう。


 アビスは意を決した顔で、低く、


「俺は、この世界のアビスじゃねェ」


 そう、言った。

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