第2-16話 手を取る魔術師

「クララ、話がある」

「……どう、したの……ですか?」


 夕刻。クララやルーラたちが宿泊している宿にイグニは乗り込んで、クララに面と向かってそう言った。


「昼間の……デートの、こと……ですか? 気持ちを、もてあそんで……すみませんでした……」

「で、デート!?」


 クララの言葉にリリィは素っ頓狂な声を出して、クララとイグニを何度も見た。


 もしかしてリリィはデートしたことないんだろうか?


 と、今日初めてデートを行った男とは思えないことを心の中で考えた。


「いや、終わったことは良いんだ。それよりも、俺たちの今後に関わることだ」

「……今後、とは?」

「『聖女』の力を借りなくても、『魔王領』の浸食を食い止められる方法がある」


 そう言った瞬間、周りにいた人たちがぎょっとした。

 おそらくは全員がエルフか、その協力者たちだ。


「ちゃんと、した……部屋、で……聞きましょう。ルーラ、リリィ。用意を」

「はい。しばらくお待ちください」


 そう言って部屋を出て行ったルーラはすぐに戻ってきた。


「もともと用意していたようです。クララ様、イグニくんこちらへ」


 ルーラの案内に従って、2人して別室に移動する。

 そんなイグニの後ろを心配そうなアリシアとユーリがついて歩く。


「どうぞ」


 ルーラが扉を開き、中に用意されたソファの上に座る。クララも探り探りでソファに座った。


「では、聞かせて……ください……」

「まず、前提の確認だ。『魔王領』の浸食は『魔王』の死体から溢れる魔力によって進んでいる」

「……そう、ですね。合っています」


 それは、今更誰かに確認するようなことではない。


 この世界に生まれたのなら、誰しもが知っている事実だ。


「なら、どうしてどの国も『魔王』の死体を処理しない?」


 イグニの問いに、クララだけではなくその後ろにいるルーラとリリィも首を傾げた。

 

 『何を当たり前のことを聞いているんだ?』と聞きたそうである。

 

「……処理、出来ないのです。なぜなら、『魔王領』のモンスターは……強く、『魔王』の死体がある……と、される『魔王城』に近寄れない、の……ですから」

「ああ、そうだ。逆に言えば『魔王城』に埋葬されていると言われている『魔王』の死体にさえたどり着ければ、どうにか出来るということだ」

「……それは、そうですね」


 クララはイグニの真意をつかみ切れずに、そう言った。


 ここまでは通説の繰り返しだ。

 当然、イグニの言っていることは何度も試されている。


 しかし、その全てが失敗に終わっているのだ。

 故に『机上の空論』。


「だから、俺が行く」

「……はい?」


 イグニの言葉にクララは首を傾げた。


「……何を、言っているの……ですか」

「俺が『魔王城』に埋葬されてる『魔王』の死体を処理する。そうすれば、これ以上領土が侵食されることは無い」

「イグニ……。あなた、は……勘違いを、しています」

「勘違い?」


 今度はイグニが首を傾げる番だった。


「はい……。今日の、戦闘や……『大会』を、見ている……限り、あなたは……強い、のでしょう」


 クララが剣を地面につく。その豊かな胸が揺れた。


「若さ、と……勢い、は……とても、良いこと……です。ですが……それに、飲まれては、いけない……。あなたの……それは、無謀……と、言うものです」

「ああ、そうか」


 イグニはかすれたように声を出した。


 そうだ。言わねば伝わらない。


 ――ああ、簡単なことではないか。


 イグニの頭の中ではかつての記憶が流れていく。


 ―――――――――


 あれは、イグニが『魔王領』に連れてこられたばかりのことだった。


『じいちゃん! どうして『魔王領』なんだよ! 俺、死んじゃうよ!!』


 イグニの叫びにルクスは『ふっ』と、笑った。


『イグニよ。お前はまだ若い』

『……う、うん』 

『じゃから、これから5年。10年先を見るんじゃ』

『5年、先を……!』

『ああ。強くなったお前が、酒場で女に囲まれる』

『酒場で……!』

『そうじゃ。その時、周りの女は必ず聞いてくるのじゃ。『どこでそんなに強くなったの』ってな』

『そ、それで……!』


 ルクスがニタリ、とその顔に笑みを貼り付ける。


『そこで言ってやるんじゃ。『魔王領』ってな』

『うおおおおおおっ!!』

『かっこいいじゃろ?』

『めっちゃモテそう!!』


 ―――――――――


 これ……! 

 いま、まさにこれ……!!


 酒場ではないが、女の子に囲まれていることに変わりはない……!

 

 1人だけ女の子っぽい男がいるけど……!

 そんなこと……些細ささいなことに……過ぎない!!


 まさに絶好の機会……!!


 これを逃せば……!

 修行した場の宣言が……ダサくなる……!!


「そうだな。まだ、誰にも言って無かったな」


 イグニはもったいぶるように、口を開いた。


「俺は、最初……弱かったんだ」

「……はい」


 クララが頷いた。

 彼女も最初は弱かったのだろうか?


「『ファイアボール』しか使えないから、家から追放された。その時、ある男が拾ってくれたんだ」

「男、ですか……」

「俺の、祖父。ルクスだ」


 イグニの言葉で場が騒然とした。


「ルクス……っ!? “極光”のルクスか!!?」


 ルーラが驚いたように声を上げた。

 流石は“光の極点”。知名度は抜群だ。


「俺はそんなじいちゃんの元、ある場所で……死ぬような特訓をしたんだ」

「と、特訓……? どこで……??」


 今度はユーリの問いかけ。


 よくぞ聞いてくれたとイグニは心の中でもったいぶって、言った。


「『魔王領』……だッ!」

「「「…………」」」


 静寂が、場を制した。


 あ、あれ……!?


 滑った……っ!!?


 イグニは慌てて周りの顔色をうかがう。


 ルーラとリリィは驚いた顔で固まっている。

 なるほど。情報を処理できていないわけか……!


 クララはイグニの言葉の真偽を判別するように、深くソファに腰を掛け直した。

 こちらは目を隠してるので表情が掴めない。


 後ろを振り向くと、ユーリが口をぽかんと開けていた。

 こうして近くで見てもコイツは可愛いな……。


 アリシアは……。アリシアは、分からない。

 少しだけ顔を赤くしている。


 ど、どうして…………??


「そ、そうだったんだね……」

「ああ。まだ言ってなかったな」

「道理でイグニは強いわけだ……っ! それにしても……信じられないよ。『魔王領』で特訓!? そんなことできる人間がいたんだね……」

「俺は、じいちゃんのおかげで強くなったんだ」


 イグニは驚いたままのユーリにそう言うと、クララに向きなおった。


「その時、俺たちは『魔王城』周辺まで近づいている。これは、嘘じゃない。なんならじいちゃん……ルクスに聞いてもらってもいい」

「……なるほど。タルコイズ家から、追放された……ところまでは、調べて、いましたが……『魔王領』で、修行……ですか」


 クララはそう言って、深く息を吐いた。


「確かに……『魔王領』の……浸食……阻止、出来る、かも……知れません、ね」

「だろう?」

「……それに、かけてみるのも……あり、かも知れません」


 クララの言葉にイグニは静かに伝えた。


「だから、ローズに手を出すのをやめてもらいたい」

「前向き、に……考えて……おきましょう」


 クララがそう言ってイグニに手を差し伸べた。


 イグニはその手を取った。


「ありがとう」


 握手は、深く交わされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る