第2-13話 救出の魔術師

 リリィは残されたメンバーを見て、溜息をついた。


 さっきから胸がざわめく。

 イグニとクララ様が2人で出かけたときからずっと胸が痛い。


「ルーラ隊長……」

「どうしたんだい? リリィ」

「……いえ、なんでもないです」


 体調不良です。

 とは言えないだろう。


 だから私は話しかけたのにも関わらず、黙り込んでしまった。


「リリィちゃん。どうしたの? 体調悪いの?」

「いえ、大丈夫です。何でもないです」


 イリスの問いかけに私は首を横に振った。


 そう。何でもないんだ。何でもない。

 ただ、ちょっと気分が良くないだけで。


「イリス。リリィと2人で街に出かけてきたらどうだ? イグニたちが戻ってくるのは夕方だろう」


 イグニ、という言葉を聞いた時に胸が跳ねた。


「えっ、私は別に良いけど。エドワードはどうするの?」

「僕? 別に僕は街に行く用事はないぞ。なんだかリリィが街に行きたそうな顔をしていたからな」

「し、してません!」


 エドワードの言葉を強く否定する。


「良いじゃないか、リリィ。クララ様が戻ってくるまで暇なんだ。それに、ここは『アリリメニア』とは違うから良い社会見学になると思うよ」

「隊長……」

「行ってらっしゃい」


 私は首を縦に振った。


 なぜだか分からないけど、街に行けると思ったときから胸の痛みが消えたからだ。もしかして、本当に街に行きたかったのだろうか? 


 最近、自分のことが分からなくてモヤモヤする。


「じゃあ、リリィちゃん。いこっか!」

「は、はい」


 そして、イリスに引っ張られるまま街に出かけたのである。


 しかし、街に出てからというもの胸の高鳴りが止まらない。


「わぁ、凄い人だねえ」

「王都とどっちが多いですか?」

「うーん。流石に王都だけど、こんなに人が集まる場所ってそんなにないからね!」


 公都の市場には、多くの人たちが行きかっていて、もし知り会いとすれ違っても見逃してしまいそうだな、と思った。


「イグニさまはいるかなぁ?」

「ちょっと。何を探してるんですか」


 イリスがきょろきょろと周りを見回すのが不快で、私はイリスの服を引っ張った。イリスはイグニ以外のことはちゃんとするのに、イグニのことになれば妄信的になってしまう。


「あはは。冗談だよ。イグニさまがこんなに近くにいるはずが……」


 次の瞬間、


 ドン!! 


 と、何かが壁に激突する音が響いた。

 

「……これは?」


 嫌な予感がして、私はイリスを見た。イリスも、私の方を見ていた。


「行かなきゃ」


 その言葉に導かれるように、私たちは走り出した。音の発生場所はすぐ近くだった。

 

 たった4人になった往来の中で、イグニが何かを喋っているのが見えた。イグニを見た時に、私はほっと溜息をついた。


 良かった。無事で。


 そして、自分の考えたことのおかしさに首をかしげた。


 ……無事で良かった? イグニは私よりも強いのに。


 イグニの後ろにはクララ様もいる。剣を抜いて、2人に何かを喋っている。


 あれ? なんで、クララ様にはほっとしないんだろう。


 私は自分の胸に手を当ててみる。何も変わらない。

 イグニには変わったのに、どうしてクララ様は変わらないの……?


 そして、次の瞬間激しくクララ様と誰かの魔術が激突した後……1人の少女が土の中に落ちた。


「……アリシア?」


 その時、隣にいたイリスが空を見て何かをつぶやいた。


「どうして、ここに?」


 次の瞬間、風に乗ってイグニの声が2人の元まで届いた。


「俺が追いかける! アリシアは付いてきてくれ!」

「分かったッ!」


 たったそれだけで意志を疎通している2人を見て、私の心臓は嫌というほど締め付けられた。


 ……何なの、これ。




 少女の問いに答える者は、いなかった。


 ―――――――――


 『装焔機動アクセル・ブート』で上空から見ると、まるでモグラのようにローズがどこに連れていかれたかが見て分かった。


「イグニ、良く聞いて。『公国』は『聖女』の居場所を多くの国に売ったの。だから、今たくさんの国が『聖女』を捕まえようと来ているわ」

「……“支配”のマリオネッタってやつは」

「南方連合の傭兵よ! 直接的な強さで言ったら私よりも弱いわ! けど、悪知恵が働くの!」

「……『南方連合』。いまだに奴隷制が続いてるって言う、あそこか」

「そう! だから、ここで止めないと『聖女』様は薬漬けにされて良いように使われる人形にされちゃうわ」

「クソッ! 早く見つけるしかないなッ!」


 イグニははやる気持ちを抑えて、土の跡を追いかけていると、とある場所でそれが消えている。


「……ここで深部に潜ったか」

「やられた……っ! もしかしたら、ここまでが誘導だったのかも……っ!」

「ぼ、ボクに任せて!」


 ユーリはアリシアの後ろから降りると、途切れている手掛かりの前に手をついた。


「『蠢く者よ。出でたまえ』」


 ユーリの詠唱で、闇の塊がぽわっと出現する。

 闇の塊はイグニ達の視線に合わせてもよもよと動く。


 なにこれ?


「『魔力の残滓ざんしを追え』」


 闇の塊はぷるぷると震えると、『ピーッ!』という鳥のような鳴き声を上げて、先ほどまでイグニ達が進んでいた方向からズレた方へと飛んでいく。


「あっちだよ!」

「助かるぜ! ユーリ!!」

「飛ぶわよっ!!」


 そういえばユーリは支援職だった。


 エドワードのような治療は出来ないが、シーフのように偵察や追跡、罠の解除などが彼の得意分野である。


「『加速バースト』ッ!!」


 イグニは足元の『ファイアボール』を爆発させると、自らの身体を強制的に加速ッ!

 

 ユーリが生み出した闇の塊を追いかける!!


 街から外れてわずかに数キロ。そこで、闇の塊は止まって地中に潜っていった。


「イグニ、そこだよ! そこの下に『魔術工房』があるッ! 『聖女』さまはそこだよ!!」

「深さはッ!?」

「待って。……分かった。大体15m!」

「『装焔イグニッション極小化ミニマ』ッ!」


 イグニの後ろに用意された魔力加速炉が後光のように輝くと、撃ちだされた極小の『ファイアボール』が加速開始アクセラレーションッ!


「『発射ファイア』ッ!!」


 ドウッッツツツツツ!!!!


 イグニの撃ちだした『ファイアボール』が、『魔術工房』を覆っていた土砂を吹き飛ばして『工房』をむき出しにした!


「返してもらうぜッ! 『装焔イグニッション』ッ!」


 イグニは『魔術工房』の壁に手を付けると、『ファイアボール』を生み出すと同時に魔力を充填!


「『撃発ファイア』ッ!!」


 指向性を与えて爆破ッ!!


 ドン!!!


 爆破とともに壁が崩壊ッ! 

 そこから、イグニとアリシアたちが突撃。


「『装焔イグニッション』ッ!!」


 イグニはどこから襲われてもいいように、最初から『ファイアボール』を用意。


 イグニが中に入って目にしたのは、ゴーレムに囲まれてとらわれているローズ。


「イグニ! 来てくれたのね!!」


 それと、くたびれた顔をして煙草たばこを口に咥えた中年の男だった。


「……君ら、もう『工房ここ』みつけたの? 早すぎない??」


 少しだけ驚いたように男が目を開く。


「イグニ!! そいつが『マリオネッタ』よッ!」

「『発射ファイア』ッ!!」

「うおおっ! あぶなッ!」


 マリオネッタは慌てて回避。それと同時に、男の側にいたゴーレムが盾になってイグニの魔術からマリオネッタを守った。


「もう。急に撃つもんだから、おじさんびっくりしちゃったじゃないか」


 マリオネッタは煙草を吐き捨てて、ため息をついた。


「しかし、よく来たね。歓迎しよう。君たち、名前は……おっと、男の子の方は分かるぞ。君がイグニくんだな」

「……どうして、俺の名前を」

「うん? ああ、『聖女』さまが熱く語っていたからね」

「そいつは光栄だ」

「女の子の方は……おっと、覚えてるぞ。君は帝国の航空兵器だね? やれやれ。『聖女』さまを捕まえて、そのままおさらばと行きたかったんだけど……許してくれないよねえ」


 パン、とマリオネッタが手を叩いた瞬間、地面から無数のゴーレムが


「まあ、歓迎するよ。イグニくんとアリシアくん。ここは僕の城。ゴーレムくらいしかないが……楽しんでいってくれ」

「い、イグニ! このゴーレムは魔術にすごい耐性があるの!!」


 道理でローズがそのまま捕まっているわけだ。


「大丈夫だ。ローズ」


 イグニはローズを安心させるように、笑う。


「言っただろ? 俺は女の子を捕まえる派だって」

「……え?」

「絶対にお前のことを捕まえてみせる」

「イグニぃ……。……好きぃ」


 イグニの言葉に目を蕩けさせるローズ。


「『装焔イグニッション散弾ショット』ッ!!」


 イグニの周囲に展開された『ファイアボール』が、ローズを巻き込まないように魔力を込められると、


「『発射ファイア』ッ!!!」


 ズドドドドドッ!!!!


 ゴーレムを吹き飛ばす音が『工房』内部に響いたッ!

 イグニたちを囲んでいたゴーレムを一瞬で吹き飛ばす!!


「……まじ?」


 マリオネッタが呆けた声をだした。


「ローズを、返してもらうぞ」


 イグニの宣言。


 彼が展開した5つの『ファイアボール』が白熱化する。

 それらの狙いはどれもマリオネッタだ。


「あー」


 マリオネッタがイグニとローズを見て息を吐く。

 ゴーレムが慰める様にマリオネッタの肩に手を置いた。


「……若い、なぁ。良いなぁ」


 その背中からは哀愁が漂っていた。

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