第14話 模擬戦と魔術師

「1年D組いらっしゃ~い」


 『模擬戦闘演習Ⅰ』という授業が移動教室だったので、模擬演習場に移動したイグニたちを待っていたのは聞きなれた声だった。


「ミラ先生……!」

「イグニ、知り合い?」


 ユーリがイグニに尋ねる。


「ああ。入試の時に、試験をしてくれた先生だ」

「へー。小さな先生だね」

「エルフだからな」

「え、そうなの!? ボク初めて見たよ~」

「確かに人前にエルフはあまりいないものな」


 エルフは基本的に自分たちの領地から外に出ようとしない。森の中や山の奥深くなど、自然豊かな土地でのどかに暮らしているというのが彼らの生き方だ。


 しかし、ミラは違う。


「久しぶりだね~、イグニ君。元気してた?」

「はい。先生は……元気そうですね」

「まね。こう見えても“極点”に一番近い女だし~」

「狙ってるんです? “極点”」

「ううん。興味ないよ~。興味あったら、こんなところで教員やってないからね」


 確かにミラの言う通りだ。


 そんな話をしていると、演習場にもう一つのクラスが入ってきた。


「……C組か」


 このクラスは2クラス混合で行われる。

 そんなC組の先頭を歩いているのは、


「あれ、あの人って」

「今年の首席だな」


 いつぞやの魔剣師であった。


 彼女の後ろを歩くC組の規律は凄まじい。

 綺麗な2列になって演習場に入って来るではないか。


「遅れてすみません、先生。少し前の授業が長引いてしまって」

「気にしてないよ~。じゃ、さっそく始めよっか。じゃ、適当に2人組作って」


 ミラがそう言うと、生徒たちはクラスメイトと目を合わせる。まだ学校が始まって1週間も経ってないとは言え、仲の良い人間は集まっていくものだ。


「私、イグニ様と一緒がいいです!」

「じゃあ私はユーリとペア?」

「うん。みたいだね」


 イグニたちは4人組なため素早く組み合わせが決まる……。


「あ、イグニ君とエリーナちゃんは別ね」

「……ん?」

「分かりました」


 ……はずだった。


 何故呼ばれたかわからず首をかしげるイグニ。

 もう一人、イグニとともに呼び出されたエリーナは今期首席の魔剣師である。


(へぇ。エリーナっていうのか)


 顔と名前は覚えた。

 二度と忘れないだろう。


 だって美人だから。


「さっき呼ばれた2人は前に来て」

「分かりました」

「はい」


 2人が前に出る。


「じゃ、まずはこの2人に模擬戦をやってもらうね~。勝ちはどちらかが負けを認めたら。もしくは、私が止めたら。それまでは何でもあり。魔術でも、武器でも、使えるんだったらだって使ってもいい。2人とも、質問は?」

「ありません」


 と、言ったのはイグニだったが、


「あります」

「どしたの。エリーナちゃん」

「何故、私が良く知らないこの男と模擬戦をしなければいけないんですか」

「え~。だって最初に2人が戦うと盛り上がるじゃん?」

「盛り上がる? で終わりますよ」


 エリーナがイグニを睨みつけながら言う。


「エリーナちゃん。君の育ちは知ってるけどさ~。相手の力量、ちゃんと見た方がいいよん」

「……先生は、この男が私よりも強いと?」

「そんなこと言ってないじゃ~ん。ただ、相手の力量を見誤って、殺されてきた生徒たちをいっぱい知ってるだけだよ~」


 何のこともなく、ミラは言う。


「殺されたって……」


 イグニの後ろでユーリが顔を真っ青にしているのが分かる。

 別に珍しい話じゃない。魔術師は強いモンスターが現れたなら、討伐しなければならない。


 だからこそ、相手の力を見誤れば死ぬ。


「じゃあ、エリーナちゃんはイグニ君に絶対勝つ自信があるってことだ」

「当り前です! 舐めないでください!」

「なら罰ゲームをつけようよ! “負けたら勝った相手の言うことを1か月間何でも聞く”ってのはどう?」

「先生。俺は女の子にそんなことはしたくないです」

「おっ。紳士~」


 と、イグニ的にはモテの作法を使ったつもりだったのだが、


「ふざけるな! 私が負けるというのか!!」


 と、何故かエリーナさんはご立腹。


「良いだろう。乗ってやる。お前が負けたら一か月間C組の奴隷だ」


 しかも罰ゲームは使う前提らしい。


「じゃ、2人とも頑張って~」


 ミラは完全に他人事のようにイグニ達を模擬戦場へと流した。


「い、イグニ! どうするの!?」


 開始位置までの移動中にユーリたちが近寄ってくる。


「そ、そうですよ。イグニ様! 相手はあのエリーナ・アウライト。アウライト家の長女です!」


 アウライト家。イグニの元実家であるタルコイズ家と同じく“極点”の輩出を悲願としていた家だ。


 なるほど。強さへのこだわりとプライドはそこからか。


「そうだ。イグニ! やめとけ!! お前は【火:F】だろう!? 死んでしまうぞ!! か、代わりに、僕が出てやる!」

「どうした、エドワード。心配してくれてるのか?」

「ちっ、違う! エリーナを倒せば僕が今期最強だと言えるだろう!?」


 と、エドワードは否定したのだが。


「そうだぞ! エドワード様はお前を心配しているんだ! エドワード様の気持ちを汲み取れ!」

「自分がお前をいびろうと思ってたら思ったより強い相手が出てきてエドワード様は焦ってるんだぞ!!」


 エドワードの取り巻きがエドワードの心境をやさしく教えてくれた。


「ありがとう、エドワード。その気持ちだけ受け取っておく」


 そして、イグニは開始位置についた。


「ふん。顔付きだけは一流だな」

「……それは、褒めてるのか?」

「はん」


 鼻で笑われた。どっちなんだろう?


「ど、どうしよう。アリシアさん! イグニが死んじゃうよ!」

「アリシア! イグニ様を止めないと!」

「大丈夫よ」


 イグニの実力を知る1人であるアリシアは誰よりも落ち着いて答える。


あいつイグニは、大丈夫」


「降参するなら今のうちだぞー!」

「エリーナさんに勝てるわけないじゃん!」

「あいつ【火:F】らしいぜ!」

「うっそ~。よく入学できたわね。コネ??」


 C組の方からのガヤがすごい。


「すまないな。ウチのクラスの者がうるさくて」

「別に構わない。逆境を乗り越えた先に、“モテ”があるからな」

「……いま何か言ったか?」

「何でもない。ルーティーンのようなものだ」


 ミラがイグニとエリーナの中間地点に立つ。


「両者、構え」


 イグニは周囲に火球を5つ展開。

 エリーナは剣の柄をしっかり握ると、腰を落とす。


(抜刀術か)


 イグニは構えて、


「試合開始っ!」


 声の合図と同時にエリーナは抜刀。そのままイグニの首を斬り落とす勢いで……。


(馬鹿な! 腕が動かないっ!?)


 次の瞬間、エリーナの身体に異変が起きる。


(どうしてだ!? 何が起き……)


 エリーナはその時、自分の腕が何者かに押さえつけられていることに気が付いた。


「……魔剣師と戦うときは、相手が剣を抜く前に押さえつけるのが鉄則だ」


 イグニはエリーナの右腕を上から押さえつけることによって抜刀を制限。さらにエリーナの目の前に火球を3つ。後方に2つを配置。


 完全に逃げられないように取り囲む。


 一瞬。


 勝負は一瞬でけりが付いた。

 

 先ほどまでガヤを飛ばしていたC組が静まり返る。


「そこまで」


 ミラの言葉でイグニは腕を離して、魔術を消す。


「ほらね。エリーナちゃん。お互いの実力は、ちゃんと見なきゃ」


 イグニはエリーナに手を差し伸べる。


「君のおかげで久しぶりに本気を出そうと思った。ありがとう」


 エリーナのプライドを守るためにイグニはそう言って笑顔で手を差し出したのだが、


「……ば」

「ば?」

「馬鹿にするなぁ!」


 イグニは頬を殴られた。


「うわああああっ!!」


 そして、そのままエリーナは泣きだして模擬戦場から出て行ってしまった。


「えぇ!?」


 これにはミラもびっくり。


「追いかけてきます!」

「うん。イグニ君よろしく! じゃ、他のみんなは授業にもどって……」


 モテの作法その7。――“女性が逃げる時に泣いていたら追いかけろ”。


 なんだか本来の作法と違う気がしないこともないイグニだが、とにかくエリーナを追いかけた。

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