29 板切れ
蜃気楼の朝、僕たちは板切れに描かれた絵になって、この世界に溶け込もうとした。その日はとても晴れた日で、空にはひびも傷もひとつもないように思えた。
人々は交通標示に従って歩くのをやめようとしない。僕たちは絶望していない。でもだからといって、もう期待もしていない。世界はどこまでもうつくしく、愛と希望とよろこびはまだ力を失っていない。たとえそれが僕たちのためのものでなかったとしても。
僕たちは絶望していない。少なくとも世界に対しては。
おそろいの仮面をつけてきみと遊んでいた頃から、僕はなにひとつ変わっていない。それがいいことなのか悪いことなのか、今の僕にはわからない。どうしてきみがこんなに遠くなってしまったのかも、わからない。
ずいぶん長くさまよったけれど、なにひとつ思い出せない。
僕たちは絶望していない。少なくとも自分以外には。
思い出せることはそんなに多くはない。
でも、あれはよかったよな。
あの笑いあった真昼は。
そんな記憶を抱えた一枚の板切れが、往来の中に取り残されている。
まだ絶望はしていない。
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