第五章 デート ~ケース、皆神梓の場合~

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「大丈夫? 来栖美優に堕とされてない? 正気を保っている!?」

 あくる日の放課後。

来栖とのデートの報告をしていると環奈はそう食い掛ってきた。

「大丈夫、大丈夫。堕とされてない」

「本当にちゃんと覚えてる? 啓の本妻の名前は近衛環奈。復唱して!」

「いや捏造するなよ? 復唱しねえよ!」

 どうにも来栖とは何かあったっぽい環奈だが、この感じを見るに全然いつもと変わらないのはどういうことか。

「まったく、あの毒婦め! 啓に近づかせないようにしないと」

 いや、普段とは少し違うか。敵対視してるようだが、他人を悪く言うのは頂けない。

「……まあまあ。来栖だって別にそんなに悪い奴じゃないと思うぞ? つか毒婦って」

 まさか現実で聞くとは思わなかったぞ。

「……っ! 庇ったね。あの女を、庇ったね、今! 啓!」

 そしてそれに反応して食いついてくる環奈。

「やっぱり来栖美優に……っ。薬物? それとも洗脳? もしや超能力者?」

 何やら物騒な思案に耽る環奈。いやいや、環奈の中の来栖、何者なんだよ。

 とはいえ、報告も終わり、次のデート相手とも顔合わせも少し間があるだろう。ちょうどいい機会かもしれない。

「おい、環奈――」

 そう言いかけたその時。

「失礼します! ここであってますよね?」

 生徒会室の扉が開かれて現れたのは、皆神梓だった。

「え、皆神、さん……っ?」

 いきなりの登場に面を食らう俺。

「やーやー、良く来てくれたね」

 一方で彼女の来客を予期していたらしい環奈の対応。

「ふふっ、分かり切っているだろうが、最後の一人は微笑みの天使、皆神梓だ!」

 椅子に座らせた皆神を指す環奈。

「え、えっと、微笑みの天使でーす……」

 そして照れながらも乗る皆神。まさに女『神対応』である。

 ともあれ、環奈に耳打ちする。

「てか、もう手回ししてあったのかよ」

「まあね。というよりは彼女の場合はまたイレギュラーっていうかね」

「イレギュラー?」

「とにかく、最後の一人とのデートも軽く捻ってやってくださいよ」

「一度たりともそんな余裕で臨んだデートはないけどな」

 うっへっへ、と悪人面する環奈の額にチョップを叩き込みつつ、皆神に向き直る。

「えっと、とりあえずそうだな。まずは来てくれてありがとう。……そ、それでだな、今日呼んだのは……」

 改めて見るとやはり皆神はかわいい。座ってニコニコしているだけで鼓動が早まっていくのを感じる。三才の二人とのデートを経て美少女に対する免疫は出来てきたかと思ったがそんなのことはなかった。

 そうこうしている今も視線は泳ぎまくりで、思考回路はまるで機能していない。あれ、えっと何を言えばいいんだっけ? なんだこのドギマギは。告白する乙女なのか? 俺、今から告白するのか?

「佐藤君とデートをするんだよね? 女の子に対する免疫をつけるために」

 俺が伝えようとしたことを口走ったのは、なんと俺が伝えようとしていたその相手、皆神だった。

「え?」

 思わず聞き返す。

「知、ってたのか……」

「うん。ちょっと小耳に挟んでね」

 にこやかに皆神は言う。

 なるほど。まあ確かに皆神ほどのコミュ力の塊ならば知ることもあるだろう。来栖はともかく猪川辺りとは仲も良さそうだし、特に口止めだってしてないしな。

「まあそうなんだよ。俺とデートしてもらいたいんだけど、頼めるか?」

「もちろんだよ! 佐藤君が変わろうとしてるの、私応援したいもん」

「変わろうとしている?」

「え、違うの?」

 引っかかったところを口にすると、皆神はきょとんした表情で聞き返す。

 そこでふと思い至る。出会って一月経たないくらいで陰キャを見せつけた俺が色恋沙汰で何かをしようと思うのは、変わろうとしているように見えるのか。

「あ、うん。そうそう。じゃあそれでデートプランなんだけど」

「図書室で勉強会にしようか、これから」

「え?」

 俺のセリフを遮るように皆神は言った。

「ほら、もうすぐ定期テストも控えてるでしょ? やっぱり学生たるもの本分は学業。確かに恋愛も大切だけどそっちにばかりかまけるのは如何なものかとも思うのですよ」

「なるほど」

「それに図書室でも異性と一対一でする勉強会はこれはもう立派なデートだよね。そうは思わない?」

「確かに……」

 強引な節はあるが確かに筋は通っている皆神の提案だ。来栖の時みたく明確なプランがあるわけじゃないし、拒絶する理由も特にない。

 とはいえ、聞き逃せない部分が最後にある。

「図書室デートは別にいいけど……これから、っていうのは?」

「善は急げだよ」

 真面目な顔で言う皆神。しかもずいと椅子から立ち上がって前屈みだ。勢いだけは伝わってくる。

「善は急げだよ」

「あ、いや聞こえてたから……」

「じゃあ決まりだね」

「いやそれは待って?」

 何とか皆神に待ったを掛ける。

 とはいえ、今からデートを止めさせる理由は何かないだろうか。正直なところで言えば、常識的に考えておかしい、とかか。でもそれが今の皆神に通じるかは怪しい。俺か皆神なら人間的に出来ているのはどう考えても皆神だ。そんな皆神に常識を説き伏せることができるだろうか。いいや無理だ。

 ならば他の理由だと、心の準備ができていないから。まあこれが常識とか抜きにして、正直なところだが、心の準備がなんていう文言を男が女に言うのはいささか情けない気がする。皆神が相手だからか、それくらいの格好は付けたい俺がいる。だったらオブラートに包めばいい。

「ほら、図書室デートとはいえ曲がりなりにもデートだろ? だったらこっちも準備して臨まなくちゃいけない。デートを楽しむためのね。だから日を改めて」

「うーん。それがもっと女性慣れしてそうなホスト的なかっこいい人の言葉なら信じられるんだけど……」

「ぐはっ」

 芳しくない皆神の表情とその言い淀み。

 そこに俺は皆神の言葉の先を幻聴した。

 かっこいい人がデートプランを練ってくるならいいけど、俺はそうじゃない、と。まあそうだ。カッコよくもなければ、女性慣れもしてない。そんな俺のプランなんて待つ価値もない。つまるところ、童貞の小細工お断り、だ。

 これまた完膚なき正論に俺は言葉を失う。いや、そんなストレートな口調を皆神さんは使わないだろうけどね。

「うーん。それじゃあデートらしさを出すために待ち合わせにしようか」

「え?」

「今から十五分後に図書室前に集合にしようか」

 そう言って生徒会室の扉へ向かう皆神。

「そうそう、会長さんは来ちゃだめだよ」

 と出る寸前にくるりと翻り、そう残し出て行った。

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