学園一の○○如きに俺がなびくはずがない

人間 越

プロローグ とある約束

「そんなに泣かないで。きっとまた、会えるから」

 

 目の前で女の子が泣いていた。

 二ヵ月前に近くに引っ越してきた女の子で、すぐに仲良くなった。しかし、女の子は『お家の都合』で明日から別の場所に引っ越してしまうのだそうだ。あんまりだった。早すぎる。仲良くなったばかりだ。まだまだ遊び足りない。

 本当のことを言えば、泣きたいのは俺の方だった。

 悲しくてしょうがない。離れたくない。

 けれども、それよりも先に別れを打ち明けてきた女の子が泣いていたから。だから俺はその涙をどうしても止めたくて。


「大丈夫。絶対に会える。だからその時には、うーん」


 とにかく励まそうと、そして安心させよう見切り発車で紡いだ言葉は、しかしその仕事を終えずに止まってしまう。


「次に会った時には、えーっと、そうだな……」

「……ひっく、ひっく。どうするの……?」


 そんな俺の悩む様子に女の子は泣き止み、怪訝な表情を浮かべる。


「ちょっと待ってろよ! ううーんと……あー、そ、そうだ!」


 そんな不安げな視線を向けられたものだから、やや苛立っちゃたりして。

 そして、その時に浮かんだ案は、ベタと言えばベタだけどなかなかのものだったと思う。


「――結婚しよう!」


 流れていたドラマに影響されたんだろう。そんなありきたりな約束。

 その提案に女の子は、しばし目を見開いた後に頷いた。


「……うん」


「よーっし、あ! でもそっちからは言うなよ! 絶対にお前は可愛くなるんだ。それで、そんな子がそういうことを聞いてきたら男はテキトーに話を合わせてオモチカエリしちゃうってオヤジが言ってたからな! そしたらお前は他の男と結婚しちゃうんだぞ!」

「ええ! そんなのヤダよ!」

「だろ? だから絶対に俺から声をかける。大丈夫。俺がお前を見つけられないわけないんだからな!」

「分かった! じゃあ、絶対に来てね、私のところに」



     ☆      ☆       ☆


 これが俺、佐藤啓さとうけいが小さかった頃にした約束で、俺のアイデンティー。

 もう相手の女の子がどんな顔だったかも思いだせないが、こんなドラマチックな経験をしているということが、つまらない日常を生きていくうえで活力になっていると言えるだろう。

 もちろん、約束の内容自体も重要だ。結婚の約束。これを叶えるために日々生きている。

 だからこそ、俺には彼女がいない。

 出来ないのではなく、あえて作らない。

 いや、作れることが許されないのである!

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