第8話 読書と準備、さらばご老人たち、そして旅立ちへ4
バアヤはエルフ村で採れる香草の入った匂いのきついお茶を二人分入れてから、テーブルについた。アルムは上着を脱ぐこともなく先に椅子に座っていた。
「…………」
二人は無言のままお茶を一口、二口と飲んだ。時が止まったかのように二人は黙っている。外は天気が良く、鳥が鳴いている。昼の二時を過ぎた頃、陽の光は窓越しに二人をさす。光の中には古い家だからか、細かい
「ほれ……」
バアヤが立ち上がりアルムの真横に来て、右手のひらを見せながら言った。
「ありがとう……」
アルムはグレーのローブを脱ぎバアヤに渡した。バアヤは受け取るとドアの近くのハンガーにかけた。バアヤが戻ると椅子に座り、またどこに行くこともない、時が止まったかのような時間を二人は過ごした。お互い見つめたり、窓の外を眺めたり、意味もなく熱いお茶が入ったカップを眺めたりした。
しばらくすると、バアヤはおもむろに立ち上がり台所に向かった。スープを作り始めたのだ。アルムはバアヤのコウカという川藻と香草が入ったスープが出来上がるのを、窓の外の木々を眺めながら待った。
バアヤはとても無口だ。バアヤから話しかけることはほとんどない。それは話すことが苦手なアルムから話しかけるほどだ。ただ、それが彼女にとってはとても心地いい存在である。
両親が亡くなった五歳の時、同情のためなのかアルムに話しかける大人たちは多かった。ただバアヤは(バアヤといっても二百年近くも前だから、とてもバアヤという年齢ではなかったが)そっと横にいて手をつないでくれた。あの時の大きなふっくらとした手のぬくもりは今でも忘れない。
今してほしいことをしてくれる、それがアルムにとってのバアヤだ。
スープが出来上がった、二人でテーブルを挟んでスープを飲んだ。癖のある体に良さそうな香り豊かなスープだ。きざまれた赤紫色したコウカがたっぷりと、そこにほんの少しの鶏肉と四種類の香草が入ったスープ。このスープの味が好きかというとそれほどでもないが、バアヤの料理は不思議と元気になれるから好きだ。
窓の外はまだ鳥が鳴いている。雲が出てきたのか日差しが柔らかくなってきた。埃の
エルフ族は七〇〇歳あたりまでは老けることがない。その年までヒト族でいう二〇代の若さを保ったままだ。七〇〇歳を超えると徐々に老け始める。八〇〇歳も過ぎるとしわくちゃで腰も曲がる。バアヤも立派なご老人だ。
木のスプーンを持つバアヤの手は、あの時と変わらず大きくてふっくらとしている。アルムはバアヤの顔を眺め手を眺め、そして窓の外を眺めた。午後三時を過ぎた頃だろうか――
アルムは気付いていない。外を眺めた彼女の右の頬に一筋の涙が
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