リケジョの苦脳~文系男子って?

@ly_lis

第1話 ラーメン

皆さんは理系の女は好きですか?


…なんて言ってみる。昨今ジェンダーフリーだかジャイアントパンダだか何だか知らないけど、性差撤廃だなんて叫ばれてるこの現代社会で、未だに女子率が低いのがこの理系界隈。もちろん、農学系とか化学バイオ系だとか、女子の割合が比較的多い学部もあるけども、そんなものははずれ値。私の所属してる学科、そもそも応用物理科だし、授業に行ったら数人しかいない女子が砂糖に群がるアリのようにせめてでも集まって授業を受けている。一回授業に遅刻しちゃって教室の真後ろで授業受けたけども後ろから見たら同性なんて本当にいない、0に近似できる。私たちの学科で女子を見つけるのはウォーリーを探すやつの二段階くらいムズイ。だっていないんだから


 高校で今まで普通だと思っていたことを数式を使って解き明かす「物理」という科目に大いなる興味を持ってこの大学のこの学科に来た私も私だから今更女子がいないのなんて分かり切ってた話だけど、それとこれとは別。


「はー---」


 そして私は今、いつも通り部室でレポートとタイマンバトルをしている。たまに参考文献という名の数少ない同性の学科友達のレポに頼ることはあるけど、コピペなんてしたら紋首刑だし、これはあくまで「参考文献」ですので。一回参考にしすぎて大真面目に参考文献のところに「さくらちゃんのやつ」って書いてしまうところだったやつもある。


「……またレポートか?大変だな」


 そしてこの「休憩がてらなんか構ってほしそうにしているけど構ったら面倒くさそうな私にできるだけ触れないよう、極限まで余計な文言を排除した簡潔な言葉で」話しかけてくるのは高槻(たかつき)クン。同じ部の経済学部の私と同じ、二年生で、自他共に認める、ゴリラみたいに文系科目ができる文系ゴリラ、略してゴリラ。得意科目は英語、国語、社会科目全般、苦手科目は数学。本人曰く数式を見ると「お腹が痛くなる」らしい、実際にお腹が痛くなってるところは見たことない。「なんか就職に強そうだから」という理由のみで数学をそこそこ使う経済学部に来てしまったモノホンの脳筋ゴリラ。私がキュートでおしとやかに理系科目が出来て、彼が文系科目が出来るゴリラなわけだから、ちょくちょくお互いの課題を消k…いや、教えあったりしている。


 まあ実際は彼の数学系の課題を私が消化することが大半で、そんなわけで彼がお腹が痛くなることもほとんどない、なぜなら私がやってあげてるから。そんな一方的に課題援助してる私のことをたまーに想って缶コーヒーを学校の自販機で買ってきたり来なかったりもする、人情味溢れたやつでもある。私の労力の見返りって……?


「そ、今は休憩。そっちは?」


 私がそう言うと、彼はパソコンの画面を見せてきた。いつも通りYoutubeだかなんだかの動画サイトに練りケシの如く居座り続けている……わけではなかった。


 いつもは私がレポート書いている時もよく分からんまとめサイトの書き込みをさらにまとめた動画を見てる。そんな中でもたまーに高槻クンが分からない課題を私がやったりしてるわけでもう私の筆跡が本物になりそう。高槻クンが写して書いたやつに「筆跡がいつもと違います」だなんて難癖つけられそう。


 とまあ、こんな感じで一応形上はお互いの分からないところを教えあうWin-Winの関係となっているから、この部も一応存在している意味があるというもの。


 書き忘れたけど、この部は「リテラルサイエンス部」。文系の高槻クンと理系の私がいるからリテラルサイエンス。それ以上でもそれ以下でもない。活動内容はたまー--に部室に来てダラダラするだけ。それだけ。二人で晩年みたいにゴロゴロする、なんでこの二人になったのかも分からないし、そもそもリテラルサイエンス部って何?


「ちょいさ、これ分からないんだけど教えてくんね?」


「……え?数学?」


 そんないつもはこたつでミカンの皮についてる白い髭みたいなやつを駆除するのが仕事の彼が見せてきたのは正規分布とか、信頼区間だかの計算、すなわち統計学の課題のページだった。ああ、とうとう、とうとう高槻クンも数学という科目の素晴らしさに気づいたのか……いや、今からでも遅くない。何か学ぶのに遅すぎることなんてないのである……あれ、この言葉どこかで聞いたことあるな、誰だっけ……あの、私の家のはす向かいに住んでるおばさんの……いや、いいや。


 なーんて全部ひっくるめた妄想は所詮、一縷の望みだった。


「そう。なんか今回の数学の授業、期末どころか中間あるらしくて。今までレポートとかばっかだったのに」


 ……なー--んだ。……いや、まあさすがにね?さすがにそんなことはないだろうとは思っていたけども……まあ、何はともあれ、あの高槻クンが自ずから数学をやる日がくるなんて……メンタルが訓練されているのでそれでも私は感動することができる。


「ここ?具体的にどのあたりが分からないの?」

「いやこの式にぶちこんで標準化?みたいなやつをして、ここから表もってくるわけじゃん?なんでこの表の値から0.5みたいなやつ引くの?」


「あー、これはね?」


 数学とか物理とかは好きだから、教えるのも好き。だから別に教えるのは苦ではない。私、高校の先生になるの向いているのかも。教えるのがうまいとか下手とかじゃなくて、好きなことを仕事に出来るってすごい幸せだと思うし、私を理系好きにしてくれた高1の時の「あの先生」みたいに私もたくさんの生徒を理系の道に進ませたい。


 そのための第一歩が高槻クンなのかも。




「……わりいな、こんな遅くまで付き合わせてしまって」

「本当にこんな遅くまで……ってカンジだけど理系科目なら教えるのも好きだし、別に気にしないで」


 時刻は19時半。理系科目が現代住居を影で蝕むシロアリよりも嫌いな高槻クン、私が教えるの不得意だったからかもしれないけど、ひどく理解に手間取った。


 いや、でも誰でも初学なんてそんなものだし、これで高槻クンが理系科目を好きになって、そんでもってこの部の名前をサイエンスサイエンス部にしたい……いや、あまりにもださすぎる。そもそもリテラルサイエンスってなんだよ。


「……なあ、お腹空いてる?」

「そりゃもちろん」

「平田家行こうぜ」


 平田家。大学の最寄り駅の駅前にある家系ラーメン家だ。こってりとした豚骨醤油ベースのラーメンに、スープの味の濃さ、麺の硬さ、油の量がカスタマイズし放題。さらに学生はライス無料かつおかわりもタダ。うちの学生に「是非来てください」と言わんばかりの好条件、みんなが足繫く通う、メッカなのである。ちなみに私は味うすめ、麺硬めが正解だと思ってるし、異論は認めない。


「付き合わせちゃって悪いし、奢るから」


 私はドキッとした。そして高槻クンの方を見た。まさか、高槻クンからこんな紳士的でジェントルマン的な、ジェントルマリックな、発言を聞けるだなんて思ってもいなかったからだ……ジェントマリックって何?なんとなく意味は分かるけど……マジシャンの従兄弟?


 身長差で顔はあんまり見えなかったけど、こっちには目を合わせてくれなかったのだけは分かった。かー分かった照れてんだな、こいつは。高槻クンのことだし、こんな気を遣った発言、人生でしたことないんだろうこいつは。ぶっきらぼうだけどごく稀にかわいいやつだ。


「じゃ、お言葉に甘えて」


 

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