第7話
あはは、と笑い始めた行原に、なぜかイラッとした。
「な、何がおかしいんですか!」
「怒んなよ。褒めてんだから」
そう言って、行原はまた笑った。
こんなに笑う人だと思ってなかった。
基本、無愛想に見えたから。
「やっぱ面白いよ、お前」
「また、そんなこと言って.....か、帰りますから!」
腕を解ことうとするも、男女差もあってか行原の手は離れてくれない。
「離してください!」
「なら1つ条件がある」
「な、何ですか」
「一回、舞台に立て」
「い、嫌ですよ!」
「スポットライトが当たるとしても?」
「わ、笑われて、当たりたくないですから!」
「アホか、お前」
行原が白い歯を見せる。
「笑わせる、だろ」
笑わせる......?
「お客を1人残らず笑わせて、皆が羨む注目を掻っ攫う。それがプロの芸人。最高に面白ぇ仕事だ。いや、面白いを生み出す仕事だ」
行原は楽しそうに語る。仏頂面はどこへ行ったのやら。
皆が羨む......
なんとなく、心のどこかで引っかかる言葉。
だが、それで舞台に立ちたいとは思えなかった。
「だ、だとしても、そんな、ぶっつけでお客さんの前に立つとか、そんなの.....」
「だから条件っつったろ。最後まで聞け」
まだ、続きがあるの?
行原は言葉を続ける。
「お前は今日、舞台に立つ。そして、そこでお前が望むものが手に入らなかったら、もう二度と誘わない。だが、そこでお前が望むものが手に入ったら、一回、芸人に挑戦してみろ。きっと、お前の人生が変わる筈だから」
人生が変わる......
行原の言葉に心が持ってかれそうになる。
やってみようか、と。
だけど、ズブの素人が、何の稽古もせずに舞台に立つのだ。お金を払ったお客さんの前に。
しかもお笑い芸人として。
考えただけで嫌だ。
そう思うのに、私の声は意志とは別のことを発していた。
「い、一回だけですよ?」
別に行原の言葉に惹かれたわけじゃない。
これが人生で最初で最後だから人生経験として舞台に立つだけだ。うん、そうだ。
行原に連行されて、先ほどの舞台袖に向かいながら、頭の中でそんなことを考えた。
舞台袖に戻ると、彩奈が落ち着かないのかウロウロしているのが見えた。
彩奈は私の姿を見るや、嬉しそうに手を振った。
「良かった!戻ってきてくれたんだ!」
「い、一応」
この笑顔を見ていると、なんとなくバツが悪い。
「じゃ、衣装に着替えよっ!」
「衣装?」
私が聞き返すと、彩奈は自分が着ているビキニを指差した。
「コ・レ」
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