第11話

「じゃあこれとこれとこれをどうぞ!」


 マリアは利き手である右手で俺の腕をがっちりと掴んでいるので動かしにくいはずなのだが、右手で器用に食べ物を皿に乗せてくれた。


「ありがとう。食べよっか」


「はい!」


 マリアはそう言ってさらに体を寄せて右手の可動域を確保し、ご飯を食べ始めようとしていた。


「流石に食べにくくない?」


 いくら右手の可動域を確保した所で、腕を組んだ状態でご飯を食べるのは流石に無理があると思う。


 俺のお腹が邪魔でしょ。


「いえ、問題無いですよ。それにこれは大切なことですし」


 そう言いながらマリアは時々周囲を見渡していた。


「大丈夫だって。別にそんなことをしなくても他の女性についていくことはないから」


 色々変なところはあるが、俺のことを大切に思ってくれる婚約者を不幸にしたくはない。


「?」


 そう言うと何故かマリアは不思議そうな顔をしていた。


 俺間違った事でも言ったかな?


「今やっているのはエリック様のハーレム候補にふさわしい女性探しですよ?」


「はい?」


 何言っているのこの人。


「やはりエリック様には私やリシュリューさん、ライラさん、ラザさんの4人だけにとどまらず10人、20人と女性を娶っていただきたいではないですか」


「はい?」


 さも当然の事柄のように言っているけど、倫理観大丈夫かなこの人。


 そもそもなんで当然のようにあの3人を妻にする前提なんですかね。


「ですのでこのパーティの中でも一人や二人くらい良い女性が見つかれば良いのですが。美しくて、エリック様の見た目や能力ではなくて性格を好きになってくれる素質のある女性は居ませんかね……」


「……」


 俺は衝撃のあまりあんぐりと口を開いて固まっていた。


「!どうぞ、あーん」


 それを見たマリアは何を勘違いしたのか口の中に食べ物を突っ込んできた。


「むぐっ!!違うよ!?」


「え?そうなんですか?」


「驚いたから口が開いていたんだよ!」


 頭良いんだからそんなに不思議そうな顔をしない!それくらい分かるでしょ!!!


 危うく喉に詰まるところだったよ!


「あっ、もしかして数が少なすぎましたか?やはり100人は超えていた方が良かったでしょうか。となると国外からも側室を探さないといけませんよね。となると国外でも通用するビジネスを作成して良好な関係を構築する所からですね……」


「ちょっと待ってちょっと待って!違う、そうじゃないから!」


 マリアがあらぬ方向に思考を巡らせようとしていたので全力で引き留めた。


「違う、となると?」


「将来の妻はマリア一人だけだからね!」


 この国の法律上は何人妻が居ても良いという事になってはいるが、一夫一妻制の日本で生まれ育った俺には無理です。


「私だけ、ですか?やはり二人でやるよりも三人、四人と大勢でする方が幸せではないですか。十人同時なんて最高の一日だと思いますよ」


「最低な発言はやめなさい」


 この人は一体何を考えているのだろうか。


「そうですか、良案だと思ったんですけどね……」


「どこがだよ」


 そもそも婚約者が提案する内容ではない。


「とにかく、良い女性にバンバン話しかけましょう!じゃあ早速遠くで暇そうにしているあの女性に!」


「行かないよ。話聞いてた?」


「あら、流されてくれると思ったんですが」


 そんな簡単に流されてたまるか。



 それから俺はマリアと別れ、基本的に男性と話して時間を過ごした。


 魔族を倒した戦闘技術や魔族の情報等を散々聞かれまくったので色々と疲れてしまったが、知らない女性からアプローチをかけられたり、マリアが側室候補を会場からかき集めてこられたりするよりはマシだったと思う。




「ではホテルに行きましょうか」


 パーティも終わり、会場からでた俺はマリアにそう話しかけられた。


「ごめん、今日はそのまま帰る予定なんだ」


「そうなんですか?お義父さまはもう馬車に乗って帰られたと聞いておりますが」


「え?父さんが一緒に帰ろうって言って来たのに?」


「はい。どうやらエリック様を見送る為に仕事をすっぽかしていたようで、執事の方に怒られて帰っていったそうですよ」


 何やってんだあの人は……


「ってか何故それを知ってるの?」


 マリアはパーティが終わるまでずっと会場に居たよね?


「風の噂で聞きました」


「そんな噂が流れてたまるか!」


 噂されるにしても内容がしょぼすぎる。執事に怒られたってさ。


「まあそういうわけでエリック様が帰るための馬車はありません。誰かを雇おうにも夜遅いので店は閉まっているでしょう」


「そっか」


 話の内容に関する真偽は置いておくとして馬車が無いのは事実だろう。


「というわけでホテルに行きましょう!事前に予約は済ませてありますので!」


「え」


「ほらほら、行きますよ!」


 マリアは俺に一切の有無を言わせずにホテルまで連れて行った。


「じゃあ入りましょうか」


 流れるように受付を済ませ、部屋に入れられた。


「えっと……」


 ホテルの部屋にあったベッドの数はたった一つ。そしてマリアが受付から貰った鍵もたった一つ。


「当然じゃないですか、一緒に寝ましょう」


 一切の躊躇なくマリアはベッドにダイブし、俺を待ち構える。


「ええ……」


 明らかに駄目なんだけど、馬車が無い上に別のホテルに泊まる為の金も無いので今の現状を受け入れなければ野宿が確定してしまう。


 走って帰れば両方を拒否できるんだけど、道中街灯なんて便利な物は無い上に道を知らないから無理。


 はっきり言って詰みである。


 いや婚約者だからね。将来そういう状況になるよ。


 でもね、まだ結婚してないんだよ。


 確かに日本では変なことではない。それにそういうことをしている人はこの世界にも結構いる。


 けどそれはあくまで平民や他国の人であり、ソレナ帝国の貴族ではないんだ。


 だからマリアは許しても他が許すわけがない。


 どうしたものか……


「エリック様、こちらにおられましたか。帰りますよ」


 解決策に頭を悩ませていると、背後から声を掛けられた。


「リシュリュー!なんでここに!」


「探していたからに決まっているじゃないですか」


「でも馬車は無いって……」


「はい、イヴァン様が乗って帰られましたしね。ですので私が用意しました」


「ありがとう、リシュリュー」


 本当にナイス!!!!!


 俺は湧き上がる喜びを必死に抑えつけていつも通りのテンションで返した。


「リシュリューさん、3人で泊まりませんか?折角この部屋を借りましたので」


「駄目です。今日中に馬車で出発するように言われておりますので」


「それは残念です」


 マリアはあっさりと引き下がった。こういう所はまともなんだけどなあ……


「エリック様、着いてきてください」


「うん。じゃあまたね、マリア」


「はい、また今度ですね。エリック様」


 今度もしないからねと返したかったが、何となく不利な展開に持って行かれる気がしたので何も返さずに部屋を出た。

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