2月14日、私の願いごと。

紫倉野 ハルリ

差出人不明のチョコレート

明日、このチョコレートを渡したら全てが終わる。

昨日も今日も今までも、全部、全部弾けて消える。




隣の隣のクラス、教室の窓側の前から3番目の席。

寡黙で、毎日分厚い本にだけ視線を向けている。

その横顔は長い前髪で見えにくいけど、息を呑むほどに綺麗に整っている。


これが私のあなたへの最初の印象。

他のことなんて知らなかった。

あなたが本当は恥ずかしがり屋なこと、本当はツボが浅くてなんでも笑っちゃうこと。

実は伊達眼鏡だってこと、家族思いなこと、趣味はお裁縫なこと。


知らなきゃよかった。

こんな気持ちになるくらいなら。



私は、あなたが叶わない恋をしていることに気づいてしまった。

あなたが視線を向けているのは本だけだと思ってた、その視線はいつか私の方へ向くことを信じて疑わなかった。

自惚れて、期待して、勝手に失望して。

馬鹿みたい。

本当に…しょうもない、私という存在が。




あなたが恋をしているのは保健室の隣の教室にいるあの人。

毎週水曜日と金曜日だけ学校に来る心理カウンセラー。

年は25、趣味は料理、ふわふわの柔らかい輝くような長い髪の毛、白くて陶器みたいな肌、キラキラのビー玉みたいな大きな瞳。

それに優しくて、笑顔がすごくきれい、妬ましいほどに。


私が気づいてしまったのは、私があまりにもあなたを見過ぎてしまっていたせい。

私じゃなかったら気づかないくらいほんの少しの表情の変化。

あなたがあの人を見るとき、いつもより表情が優しく、柔らかくなる。

私と一緒にいる時は絶対にしない顔。絶対。



その表情が決定的だっただけで、なんとなく察しはついていた。

それでも、自分の勘違いだって思いたくて、あなたの忘れ物を届けるふりをして後を追いかけた。


変だって思ってた。

毎週、毎週、水曜日も金曜日もカウンセリングにわざわざ行くなんて。

悩みなんてないくせに。

勉強だってできちゃうし、スポーツだって苦手じゃないし。

私が髪切ったほうがいいって言ってから髪を切ったら人気者になっちゃうし。


全部私が最初に知ってたのに。

全部私が、私がやってあげたのに。


あの人は途中から来たくせに、

あなたのこと何にも知らないんだよ?

ただ、綺麗で優しくて…


私にないものをもってる人。



でもね、もういいの。

このチョコレートをあなたに渡したら全部解決するから。


あなたがいつも本を読んでいたでしょう?

私それから本を読み始めたの。

あなたが古本も面白いって言っていたから行ってみたことがあった。

そこで不思議な本を見つけた。


小豆色の表紙に、黒い文字で題名が書いてあるみたいだけど、古いせいか読めなかった。

だけどすっごく魅力を感じて勇気を出して買ってみた。

家に帰って読んでみたら、面白いことが書いてあるの。


「惚れ薬」

「透明人間になる薬」とか。

あとは動物になっちゃう薬とか、性別が変わる薬、いろいろ書いてあった。


最初はもちろん信じてなかった。

ただ、最後のページを読んで考えが変わった。


最後のページには、

「この内容が信じられなければ、こう唱えよ。さすればこの本の主が現れ、この本の内容を証明するだろう。」って。


信じていなかった私は軽い気持ちでそこに書いてあった言葉を唱えた。

すると、


本から声がした。

空耳だと思って、本を閉じて後ろを振り返ったら、


私の膝くらいまでの背丈の人っぽい生き物が立っていた。

そしてその生き物はこう言った。

「お前の願いはなんだ?」


私はその時びっくりし過ぎて、何も思い浮かばなかった。

「今は何も思い浮かびません。願いができた時にまたお話しさせていただいてもいいですか?」


こう答えたら、生き物は消えていた。

私もベットの横になっていて、気づいたら朝。



ずっと願いはなかったんだけど、あなたとあの人の姿を目にした時、咄嗟に思ったの。

「ああ、私にも願いができた。」


そして、家に帰ってすぐにその願いを告げた。

もちろんあの本と、その中にいる主に対して。


願いを告げた途端、本が勝手にぱらぱら捲れた。

やっと止まったと思うと、そのページは私の願いに沿った薬の作り方が書いてあった。

それでね、思い出したの。もうすぐバレンタインってことと、あなたが甘いものが好きってことに。



そこからはあっという間だった。

必要な材料と入手方法は本に書いてあって、案外簡単に手に入った。

お菓子作りは苦手だったけど、あなたにあげる最初で最後のプレゼントだったから、苦じゃなかった。


あとはどう渡そう、それだけだった。

あなたに私からってこと、知られたくなかったから、名前を書かないで、放課後、机の上に置くことにした。

あなたって、お人好しでしょう?

だからね、絶対に疑わずに食べてしまうってわかってたの。

気をつけないとダメなのに。

でもそのお人好しのおかげで私の願いは叶いそう。



だってほら、だんだん眠たくなってきた。

最後に教えてあげる。

たった一つの私の願い。


「あなたの願いが叶って、好きな人と幸せになれますように。」


…さよなら、大好きだった人。




「好きな人の恋を叶える薬

———材料:乙女の恋心、好きな人との記憶」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る