第6話
「但し、あなたには黙秘権があります。自分にとって不利な内容の発言はする必要もありませんし、答えたくないことは答えなくて結構です」
「では、昨日に引き続きもう一度、尋ねます。あなたは昨晩、酒を飲んで原付を運転していましたか?」
「……」
「イエスかノーかだけでも結構です」
小林は年配刑事のオーラに、これ以上ごて続けても損することはあれど得をすることはないであろうことを直感した。
「はい、言われることで間違いありません。飲酒運転をしました」
とうとう観念してしまった。
以降、事務的に淡々と質疑応答が進んでいく。いつ、どこで、誰と飲み、なぜこういう経緯に至ったか――。年配刑事はパソコンに向かい穏やかに、時には諭すように調書を作成していく。
「おぅ、自分。あんなことしたらアカンやろう」
ドアをバタンと開けて入って来るなり、別の刑事が小林を一喝した。同じく交通課の若い刑事だ。聞けば昨晩の捕り物の現場に居たという。
「自分なぁ、何で逃げようとするんや。危ないやろうが。酒を飲んでる上に人でも轢いたらどないなると思うんや」
矢継ぎ早にどんどん小林を攻め続ける。
小林は手錠を填められ、腰縄を椅子に括り付けられた身動き一つするにも困難な状態。しかも昨日は逃げようとしたとはいえ、腰を引っ掴まれ頭から転倒している。
「じゃあ、昨日の捕まえ方は問題ないんか!」
小林も売り言葉に買い言葉、語気に勢いがついてしまい少々口論となってしまう。
――まあまあ。
二人の遣り取りに聞き入っていた年配刑事が諌めるかのように場を制した。
「けれど君、あれは逃げることで証拠隠滅の可能性があるから仕方ないことなんや。あれでも君を掴んだ警察官も転んで打撲を負ってるんや。あと少しでも状況が酷かったら、公務執行妨害とってるところや。公務執行妨害で逮捕されたら二週間は帰られへんで」
淡々と続けた。
「二週間は帰られへん」という言葉に、小林は一気に冷静さを取り戻した。
昼から続いていた取り調べも二時間、三時間と過ぎ、年配刑事の腕時計の針が午後五時を回る頃、ようやく一段落した。
「よし。今から完成した調書を読み上げるから、間違いがあったら言ってくれ。平成二十年四月XX日、午後XX時XX分頃から大阪市XX区のラウンジXXで飲食し――」
調書が読み終えられた後、小林は頷き間違いがない事の母印を書面に押した。
「君は充分反省しているようにみえる。取り調べはこれで終了します。しかし、今後、飲酒運転はしないように。原付と雖も立派な自動車や。自分はよくても他人を傷つける可能性は充分ある」
年配刑事は最後に小林の頭にごつんと釘を打ち付けた。
「それでは、家に帰ってもらっても結構です」
手や腰に巻き付いていた不自由な道具が外れた小林が警察署の正面玄関に向かって歩いていると、遠くの方で声が聞こえた。
「おーい、留置係に晩の仕出し弁当一名分、キャンセルするように言っておいてくれ」と。
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