第3話

 黒と白のツートン色の車に押し込められるようにして着いた先は、この地域を管轄する警察署だった。

「こっちや」

 若い警官に前後をサンドイッチ状態にされ、署内の奥まった場所にある小部屋に通される。部屋の入り口には「取調室」との表札が掲げられている。

「ちょっとここで待っといてくれ」

 そう言い残し、若い警官はドアノブの鍵を掛けそそくさと立ち去った。

 事務机とパイプ椅子が一対、無造作に置かれただけの簡素な空間だ。暖房器具もないため、春先の真夜中は結構冷え込んでいた。暫くして一人の警官が入って来た。

 どこで飲んで来たんや――。

 第一声、その警官は手慣れた様子で小林の対面にゆっくりと腰を掛けた。年齢的にも小林と同じ三十代半ば位と見受けられた。

「それはそうと、手が重いんですけど。そろそろ輪っかを外してもらえませんか」

 小林は、机の上に冷たい輪っかが巻かれた両手を差し出した。

「おお、そうやった。そうやった」

 警官がおもむろにポケットから鍵を取り出し輪を開錠した。

「でもなぁ君、今週は交通安全週間って知ってた?」

 そう尋ねられて小林はハタと気付いた。――しまった。すっかり忘れていた。

 道理で深夜にも関わらず、署内の雰囲気はやけに慌ただしかった。人の出入りが頻繁で無線も引っ切り無しに入っている。

「そうでしたんか……」

 小林は肩を落とした。

「でも、飲んでませんけど……。ただ、あの体格のいいお巡りさんは私に向かって合図をしているんじゃないと思ったんで、ストップしなかっただけなんですけど……」

 どうにかして未だ逃げようとする小林に、警官はふぅっと溜め息をついた。

「まあ、今日はええわ」

 警官が天井を見上げながら言った。

 ――何が今日は「ええ」んだろうか?

 小林は警官の言葉尻が気になりながらも、酒の話題は都合が悪いので、それ以上質問することはやめた。


 それからどれ位の時間が経ったのだろうか。警官との雑談ばかりで、怒られる訳でもなく、言い訳を聞いてくれる様子でもない。酔いも程よく醒めてきている。――酔っ払っていることがバレバレで一時、保護されたのだろう。

「もう、ぼちぼち帰りますよ」

 そろそろ睡魔が襲ってきた小林は腰を上げた。

「ああ、ちょっと待って。聞いて来るから」

 部屋を出て行った警官は上司にでも相談に行ったようだ。そう言えば、転倒してしまったバイクは故障していないだろうか。バイクの鍵も返してもらわなければいけないし……。

「お待たせ。この人たちに付いて行って」

 さっきの警官が、また別の警官二名を引き連れて戻って来た。

「それでは、さようなら」

 小林は軽く会釈をし、その二人に付いて行った。しかし、何か変だ。さらに警察署の奥の方へ進んでいる。

 ――そうか、裏から出るんだなぁ。小林はそう思った後ろで大きな音がした。

「バタン」

 一面鉄張りの、分厚い五センチはあろうかという扉が背後で閉まった。

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