第2話

 その三時間前――。

 小林は勤務先から駅を二つほどやり過ごしたラウンジでご機嫌なひと時を過ごしていた。ピンクのネオンに程よく薄暗い店内。その日はウィークデーということも相まって客足もまばら。綺麗どころのお姉さんも暇らしく、何時になく愛想がいい。

「明美ちゃんはカワイイねぇ」

 小林の両隣りには、煌びやかなドレスに身を包んだ蝶がとまっている。

「えぇー、本当ぅ? ありがとうー」

「ところで、カオリちゃんは歌手のアユミに似ていない?」

「うれしぃー。そんなこと言われたのはじめてぇー」

「じゃ、もう一度みんなで乾杯しよう。かんぱーい!」

 小林の前に置かれたブランデーのボトルはハイペースで空になっていった。



 ふと気付くと、小林は肌寒い道路脇で屈強な男たちに取り囲まれていた。

「おい、お前。何で逃げようとしたんや」

 先程のガタイのいい男が小林を見下ろしながら詰め寄ってくる。

「いいえ、逃げようなんてしていませんが……」

 小林の脳ミソは、何とかその場を切り抜けようとフル回転していた。

「逃げようとしてたやないか。やましい事がない限りふつう逃げんやろうがっ」

 男の口調はどんどん厳しくなっていく。交通量は少ないものの、行き交う車のヘッドライトで男の帽子や胸口のワッペンがキラリと光る。――菊の御紋。

「そやけどお前、酒の匂いがプンプンするぞ。飲んどったんやろ」

「いいえ、酒なんて飲んでいません」

 取り繕う小林の口元に男が鼻を近づけてくる。

「どこが飲んでない言えるんや。完璧、酒の匂いしとるやろうが。取り敢えずお前、ここ、一直線に真っ直ぐ歩いて見せてみぃ」

 男は小林を道路脇の縁石に沿って歩かせ、ふらつき具合をチェックしようとする。

「足元には来てないようやな」

 男がボソっと呟いた。

「当たり前ですよ。酒なんて、全然知りません。残業で帰りが遅くなって、帰りを急いでいただけです」

 小林もアルコールに浸った回らない頭で必死の応酬を繰り返す。

「そうか……。飲んでない言い切れるんやったら、これ、膨らませてみぃ」

 小林に突き出されたのはチューブの付いたビニール袋。

「これ膨らませて証明してみぃ」

 男の手前、どうすることもできなくなった小林は念じた。――俺の肺はアルコール分を咀嚼できる。可能だ。できる。

「見てみぃ。お前、0.5ml出とるやろうが」

 男が何やら装置を指差し睨みつけてくる。

「これは何かの間違いじゃないですか? その機械、故障しているんじゃないですか?」

「…………。よし、わかった」

 男が頷き、丸太のような腕に巻かれたダイバーウォッチを確認しながら言った。

「午前零時二十五分、身柄を拘束する」

 小林の両腕に鋼鉄の、妙に冷たく硬い輪っかが填められた。

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