春子の日々
橘 永佳
第1話 お洗濯編【再掲】
春子の一日は、晴れか、それ以外かで決まる。
朝、日光が輝いていれば、春子はほほをほころばせて、ベランダ際に座り込む。
日光がぎゅんぎゅんと肌に吸い込まれ、秒刻みで、ほほに赤みが差してくるのだ。
貴重な光合成の時間。
髪の先までツヤツヤするほどエネルギーが生産されていく。
横のテレビから、アナウンサーの声が流れてきた。
「記録的な寒気の影響で大雪となり、各地で交通機関が麻痺しています」
バネで跳ばされるように起きあがった。
スキップでベランダへ、洗濯機のふたを開けて、洗濯物を入れる。
アクセントに、石鹸を下ろし金ですりおろしてできあがり。
「うん」
満足げにうなずいて、スイッチオン。洗濯機が回り始めるのを少し眺めて、部屋に戻った。
続いて、額縁に並べて飾ってある掃除機を取り出す。
さすがTOSHI●A製、スイッチを入れた瞬間に、部屋のホコリを一気に吸い取った。
ノズルからゲップで少し戻ってくるのはご愛敬だ。
ちなみに、吸い込んだホコリがどこへ行くのかは、取扱説明書にも書いていない。一度、メーカーの開発者に訊いてみたいところだが、多分、作った人にも分からないのだろう。
優秀すぎるのも難儀なものだ、と春子は同情した。
掃除機を元に戻していると、テレビの場面が切り替わった。
「これ一つあれば、千切りみじん切りから乱切りまで、どんな野菜もあっという間です!」
興味深そうにテレビをのぞき込んで、春子は、飼いウサギのメネスへと首を傾げる。
「『膝と太股の内側を、一番くっつけられた人』のギネス記録ってあるのかな?」
メネスは牧草を、もっしゃもっしゃと食べた。
満足げにうなずいて、春子はベランダへと戻った。
3、2、1。
ピーピーピー。
あらかじめ呼ばれたとおり、ジャスト3秒後に洗濯終了。
シャツを取り出し、ハンドタオルを取り出し、ぬいぐるみを取り出し、毛布を取り出して、掛け布団を取り出して、順に物干し竿にかけていく。
こちらはS●ARP製だが、夫が「入る分量が容量だ」と言っていたので、春子は洗いたいだけ入れている。
ちなみに、入らなかったことは、今までない。
取扱説明書の4.2リットルとはどのぐらいなのだろうか?
ラジオ体操をしにきたカラスのマリアに、春子は尋ねてみた。
「『肛門を折り畳む様にお尻に力を入れる』なんて表現した人、いるのかな?」
マリアは屈伸運動を終えて、空を走り去ってしまった。
ほほを膨らませて、眉をひそめた春子。
その耳に、玄関からの呼び鈴が聞こえる。
リンゴーン、リンゴーン。
玄関扉のエンジェル鈴の音に、一度首をひねってから、あっと思い出して、春子は玄関まで走っていった。
「お届け物でーす」
犬顔の配達員さんから荷物を受け取って、ほくほく顔で台所へと戻る春子。
待ちに待った物が届いたのだ。
23時間と18分の積年の想いとともに、段ボールを開ける春子。
般若面。
3つ。
「ん!」
春子は満足げだった。
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