第4話
「それは…どういう?」
マリは、そこまで言われては観念するしかないなぁ・・・と半ば自暴自棄になったのか、見たことのない類の笑みを浮かべて話を続けた。
「私はね、みんなとは違うんです。普通じゃない。何故って、男の人を愛せない。そう、いつだって恋愛対象は女性なんです。」
いきなりの告白に愛梨は戸惑いを隠せず、何を言っているのですかと思わず聞き返してしまった。
「ふふっ、本当に真っ直ぐですね。だから私は隠しきれなくなったのかもしれないです。この際だから全て告白しましょうか、哀れな私の話を。いえ、私を嫌悪するならば今すぐ席を立っても構わないのだけれど。」
こんな皮肉な物言いのマリを見るのは初めてだ。
でもだからこそ、愛梨は彼女を放っては置けなかった。最後まで彼女の話を聞きたい。
そう率直に思った愛梨は彼女に、続けて下さいと頼んだ。
「最初に言っておきますが、貴女を取って喰おうと思って誘ったわけではありませんよ。ただ今日は、ほんのお礼まで。でも貴女はいつでも真っ直ぐ。だから私も今日ばかりは真っ直ぐに話しましょう。」
マリは冗談っぽく話を進めているがどこか真剣だった。
「私の本性を知っているのは、ほんの数人しかいない。いや、そんな人は、ここの碧くらいかもしれない。大半は真実を知らない。貴女のように私のイメージは、清廉潔白な人物なのでしょう。もちろん、今働いている職場もそう。男性社員からは羨望の眼差しを受け、女性社員からは早く結婚したらと茶化される毎日。でもそれは、みんなとは違う私にとっては言い難い程の苦痛の毎日。」
「八尾さん…。」
「でもね、そんな私にも楽しみな時間があるんです。いや、正確にいうと過去形なんですけどね。」
マリはそういうと幸せそうに笑った。
そして話を続ける。
「私に好きな人ができたんです。まぁもちろん女性なのですが。赴任して来た部長。とても素敵なんです。上品で。そして独身。自分で言うのもなんですが私は成績優秀。そんな私をいつも部長は褒めてくれました。とても嬉しかったです。わかっている。この人とは一緒にはなれない。でもどうしても想像してしまうじゃないですか。それだけで私は幸せで、そしてどこか期待までしてしまう。…でもね、私はやはり特別。神様に特別に見放された人間。ある日、部長のこんな言葉を聞いてしまったんです。」
「言葉?」
マリはアルコールを飲み干すと先ほどの笑顔とは一変した険しい表情で口を開く。
「私は同性愛者が嫌い。吐き気がする。ねぇ、そう思うでしょ?八尾さん。と。」
愛梨は思わず目を見開いた。
「あまりのことで、頭が真っ白になりましたよ。吐きたくなったのは私のほう。部長は、私のことをよく思っている。でも私はじつは部長にとって吐き気がするほど嫌いな人間。辛かったんです。いやそんな言葉で片付けられるものではないですよ。でも、どうすることもできないじゃないですか。どうすることも。部長にそうですねと笑顔で答えたけれど、苦しくて苦しくて・・・。そんな時、貴女の勤めているパン屋さんを見つけたんです。アップルパイがね、とても美味しそうに見えて。ひとつ購入して、部屋を真っ暗にして外の明かりだけでアップルパイを食べたんです。すごく・・・すごく美味しかったんです、心にまでしみて。お恥ずかしい話いですが、泣きながら食べました。」
「八尾さん・・・。」
「それからね、一週間の終わりにアップルパイを買うことにしたのです。一週間良く耐えたねっていうささやかなご褒美で。」
なぜ、アップルパイを買うのか・・・それが疑問で。聞けたときは嬉しくなると思っていた愛梨だったが、現実はそうではなかった。
ただただ、苦しかった。
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