第23話 事件の終わりに

 灰原の家から少し離れた物陰で静かに待機していた青野と犬飼。

 そこから家の様子を伺っていた青野の視線の先に、突然、玄関から飛び出してきた女の子の姿が映った。


 「えっ、佳菜ちゃん!?」

 突然のその姿に驚き、思わず青野の口から出たその言葉に、青野の後ろで身を潜めていた犬飼が反応した。


 「お嬢様がいたのですかっ!」

 犬飼は、すぐさま青野の隣に来ると彼の隣から灰原の家の方に目を向けた。


 「モコ、お嬢さま!!!」

 無事な二人の姿を発見することが出来て喜んだ犬飼は、思わず立ち上がり大きな声で呼んでしまっていた。





 (聞こえた!!!)犬飼の声のした方向にその首を向け、姿を確認したモコが、いきなり犬飼を目指して全速力で走りだした。


 シッポをピンと上げ、笑顔で犬飼に向かって走っていく。


 

「えっ!?モコ。待って、待ってよぉ~~!」

 足元からどんどん離れていくモコ。慌てて佳菜ちゃんもモコの後ろ姿に向かって叫びながら、その後を同じように犬飼を目指して駆け出し始めた。




 しかし、その声はすぐ近くにいた灰原の耳にも当然聞こえてしまっていた。

 

 「バンッ!!!」

 佳菜ちゃんのすぐ後から、勢いよく開いた玄関の扉の音。


 「こら、待てっ!!!」

 響き渡る灰原の怒声。これらの音に、恐怖からみるみる足がこわばり、逃げ足が遅くなってしまった佳菜ちゃんの腕は、全力で追いかけてきた灰原の左手に掴まれてしまった。



「きゃあああー!!」

 佳菜ちゃんが振り返って、灰原を見ると、その彼の右手には、なんと果物ナイフが握られていた。


 


 佳菜ちゃんの怯えた叫び声にモコが立ち止まり、振り返った。そしてクルリと反転したかと思うと、今度は佳菜ちゃんの方へと勢いよく走り出した。


 しかし、佳菜ちゃんに近づく直前に、モコは灰原から繰り出された右足に、蹴り倒されてしまった。





 灰原が家から飛び出してきた瞬間、すぐに佳菜ちゃんを助けに行こうと、時を同じくして物陰から飛び出した青野。

 

 しかし青野が救出するより早く、佳菜ちゃんは灰原によって捕えられてしまう。そして灰原の手には、ナイフ。


 (自分が今下手に動けば、佳菜ちゃんの身に危害が及んでしまうかもしれない。)


 この危険な状況が、灰原を捕えようとした青野を、その場に踏み留めてしまっていた。




 犬飼の目の前で、自分の大切な人達に危険が迫っていた。


 (助けに行かなきゃ!)


 しかし、物凄い形相の灰原と、彼に握りしめられたナイフの恐怖から、犬飼のすくんでしまった足は、動かなかった。



 「ギャウンッ!!!」

 灰原に蹴られた瞬間、苦しそうにモコが叫んだ。


 犬飼は、無我夢中でその声の方向に走り出していた。










 望月家の駐車場に、二台の車が止まった。


 最初の車から青野と佳菜ちゃんが静かに降りてきた。


 自宅に戻っていた望月は、その泣いて目が真っ赤になっていた娘の姿を見つけると、すぐに娘に駆け寄り、その無事な姿を強く抱きしめていた。

 


 次に、黒川に連れられた犬飼が、もう一台の車から降りてきた。


 望月は、娘の身を下飼に預けると、犬飼の方に近づいて行った。


 「佳菜を助けてくれてありがとう。」

 望月が犬飼に声をかけた。


 「いいえ、とんでもございません…。お嬢様を危険な目に遭わせてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。」

 犬飼は、伏し目がちに静かに答えていた。




 全てが終わった。


 佳菜ちゃんは、怪我をすることもなく無事に救出された。




 しかし、モコは死んでしまった。そして、…灰原も。


 黒川の特別な配慮により、犬飼は手錠を付けずに望月家に立ち寄ってから連行されることになった。

 そのおかげで犬飼は、望月家の方々やさくらに、きちんとお別れの挨拶をすることが出来たのだった。






 「犬飼は、正当防衛にはならないのですか?」

 青野は、事件が終わり姫子を自宅に送る車の中で、黒川に聞いてきた。


 「どうかな…。


 もしかすると難しいかもしれないな。

 犬は立ち上がって、お嬢さんを捕まえていた灰原の腕に必死に嚙みついた。

 そのおかげでお嬢さんは、そのまま無事に青野の所まで逃れることが出来た。


 だがその後、灰原と、その犬を助けようとしていた犬飼との争いになったんだろ。

 犬飼は、犬が刺されたそのナイフを使った。」

 黒川は、事件を自分は本当の所どう思っているのかを結局あまり語らず、ただ青野から聞いたその状況だけを彼に確認するかのようにゆっくりと話した。


 「この事件を裁判所のお偉いさんがどう判断するのかは、正直俺には、よくわからんよ。」

 そして黒川は、最後はぶっきらぼうにそう答えた。



 青野と黒川が話している車内の後部座席に、姫子は静かに座っていた。

 夜の街を走る車の窓に、とても悲しげな表情をした姫子が映し出されていた。




            終わり


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心優しき殺人者 紗織《さおり》 @SaoriH

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