第7話 不良犬

 「最初は、こちらには病気のバラの手入れをしに伺っていただけでした。


 ですが、お嬢様が生まれてすぐの時期で、家事と育児ではた目にもとても忙しくされていた奥様の様子は、お身体を壊さないか心配になりました。


 ですから、庭の手入れだけではなく、買い出しもお手伝するようになりました。もちろん、自分の仕事のない週末にだけお手伝いをしていました。


 でもある日、会長から正式にこちらに勤務をする気はないかと誘われたのです。


 その誘いには、随分驚きました。まさか自分の会社の会長の家に、お手伝いとして勤務するなんて考えたことなんて無かったものでしたので。」


 「えっ、犬飼さんは、元々社員さんだったんですか。」

 青野が驚いた。


 「はい、そうです。

 私は秘書課に異動になる前の奥様と、一緒にお仕事をしていました。」


 「そうですか。奥様も、元は社員だったのですね。」

 姫子が相槌を打った。


 「はい、秘書課で会長付の秘書をされていました。

 会長が奥様にプロポーズをされて、お二人はご結婚なさいました。

 ご結婚を期に奥様はご退職して、家庭に入りました。


 会長が仕事の手腕だけでなく、人格者と言われるようになったのもこの頃からでした。」


 「ご結婚をして、会長の人柄が丸くなったなんて、素敵な奥様でしたのね」。

  姫子が頷きながら言った。


 「そうです。あの方は、いつでも周りの人の様子まで気遣っている優しい方でした。


 私のこの仕事についても、週末という貴重なお休みを、私達の為に使わせるわけにはいかないとおっしゃていました。

 きっと、その気遣いの気持ちを会長にご相談されたのだと思います。


 その結果、会長からこちらに来る誘いがあり、そして、私は使用人になる事を決めたんです。


 会社にいた時よりも勤務時間が短くなり、家にいる時間が多くなったこともあり、モコとさくらを飼い始めました。


 幸せそうな会長のご家族の様子を見て、私も家族が欲しくなったんです。」

 犬飼が懐かしそうに話していた。ここで、悲しそうな顔になり、続けた。


 「三年前、奥様が亡くなりました。

 お嬢様が自宅で一人にならないようにと、会長が帰宅するまで一緒に過ごすようになりました。


 その頃に働きはじめた下飼は、家庭があり子供もいましたので、彼女の方が適任だったとは思うのですが、お嬢様と一緒にいる事が出来ませんでした。


 だから私が毎日会長の帰宅まで残っていました。


 そんな生活が続き、ある日事件が起きました。なんとモコとさくらが留守番中に家で勝手にご飯を食べたんです。

 ドックフードやお菓子を自分で探し出して食べるなんて事を、今まで一度もしたことがなかったのにです。

 そして、トイレ以外の場所でおしっこをしたりと、信じられないような事件が続きました。


 二人のストレスがピークになってしまったんだと痛感していました。


 ですから悩んだ末、この仕事を辞めて二人の為に早く帰れる、別な仕事を探そうと思い、その事を会長にご相談しました。


 ところが、会長は、あっさりとその解決法を私に提案して下さいました。

 『家で留守番している事が問題なら、その犬達と一緒にこの家に出勤するか?』とおっしゃられたのです。


 驚きました。本当に私なんかでは思いもつかないような発想が出来る方なんです。


 会長は、お嬢様の事をとても大切にしています。そして私達にも決して無理強いするような仕事はさせない方なんです。」

 会長や犬の話になると嬉しそうに次々に話題が出てくる犬飼の様子から、会長を尊敬し、犬を大切にしている事が伝わってくると感じた姫子であった。

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