心優しき殺人者

紗織《さおり》

第1話 脅迫状

 「さくら、行ってくるね。お留守番よろしくね。」

 留守番が嫌いな犬のさくらは、悲しそうな顔で見上げてきたが、しぶしぶ行ってらっしゃいをしてくれた。


 「出来るだけ早く帰ってくるようにするから。」

そう姫子ひめこが言うと、プリプリと速くシッポを振って、さくらは喜んでくれた。


 さくらと一緒に生活をするようになり、この子がかなり人間の言葉を理解していた事に最初は驚いていたが、今では普通に話しかけ、返事を期待するようになっている自分に、姫子は月日の流れの早さを感じていた。


 さくらは、九歳の雌のトイ・プードル。前の飼い主が、ある事件でさくらと生活をすることが出来なくなってしまったので、その後姫子と生活をするようになったのである。


  いつもならすぐに作成する事件記録も、今回は筆が重く、なかなか作成する気になれなかったのだが、警察が作成する捜査資料ではなく、私目線での記録をやはり残さねばと結局書き進めることにした姫子であった。



**************************************


 「えーーーっ、僕なんですか!


 どうしてこんな案件を、捜査一課が担当するんですか?」

  担当を指名された青野あおの刑事が、露骨に不満を言ってきた。


 「しょうがないだろ。望月もちづき氏から上の方に直接警護の依頼が来たんだぞ。


 だがお前、『子供の警護』というこの案件を、もしかして馬鹿にしていないか?


 しっかりと子供の身を守って、そして何事もなく終わらせる。

 大事な事だぞ。事件が発生することなく、その前に終わらせることが出来るというのは、国民の安全な暮らしを常日頃から守る、警察の本来の使命だと思わないか?


 それに、小さな女の子の周りに、俺たちのような強面のオヤジがウロウロしたら嫌がられるだろ。


 だからお前が一番適任だと俺が推したんだ。それをお前は、不満だと言うのか?」

ベテラン刑事の黒川くろかわが、その強面を青野に近づけながら言った。


 「すみませんでした。」

 一番の若手だからこの仕事を押し付けられたと判断していた青野だったが、警護の重要性を黒川が説明すると、素直に謝ってきた。




 そう事件は、まだ何も起きていないのだ。

 届いたのは一通の脅迫状。そして、それに付随して発生した警護の依頼だった。


 『娘の誕生日、無事に迎えられたらいいな。』

 こんな内容の1通の手紙が、ある日、望月財閥会長の自宅ポストに直接届けられたのだ。


 仕事で成功し、経済界に大きな影響力を持つ望月氏。

 しかし、その仕事優先の生活を送る望月は、子宝になかなか恵まれず、ようやく授かった一人娘佳菜かなを、彼は当然のように溺愛していた。


 愛娘に関わる内容の脅迫状に対する捜査一課への警護依頼は、そんな望月氏から警視庁へ寄せられた、強い要望であった。

                                     

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