第15話 襲われる為にコスプレをしたい

 カザリちゃんが潰れたので、3人での飲み会になった。

 俺は2人よりも先にお酒を飲んでいたので、大分酔いが回って来た。


「巧君、もう飲まないの? 箸も止まっているみたいだけど」

「いいえ。もう限界なんで」


 久羽先輩はハイペースで飲んでいるのに、酔っていない。

 度数が高いものはあまり頼んでいないが、やはり酒に強い。


 お酒を大量に飲むとそれだけでお腹いっぱいになるんだよな、俺。

 だったら、食事抜けばいいじゃん、って話になるけど、食事抜いたら、それだけ早くアルコールが身体に回る。

 だから、食事も酒も中途半端な量になって、飲み会だと盛り下げることになる。


 食事か、酒か。

 どちらかを大量摂取しないと、大学の飲み会だと盛り上がらない。

 そのせいで苦い思いをした時もある。


 久羽先輩はどちらも豪快に口に入れて、それでいて痩せているから凄い。

 なんで太らないか疑問だ。

 きっと、栄養は胸にいっているんだろうな。

 だから、胸が大きいのだろう。


「巧、エロい目線を久羽先輩に送れないでくれる?」

「エロい目線って何!?」


 図星を突かれて動揺する。

 ガッツリ、目線が下にいっていたからな。

 凶悪な胸過ぎて、どうしても目線が下がってしまう。

 久羽先輩と喋っていると、たまに視線をどこに固定していいのか分からなくなる。


「私、久羽先輩みたいに胸ないからなあ……。そうだ! 私もコスプレしようかな!」

「な、何を言い出してるんだ……」


 前後の言葉の因果関係が分からない。

 コスプレ研究家としての俺は、栞がどんなコスプレをするか気になるけど。


「パッドを数段重ねて胸が大きくなって、巧が好きなコスプレをすれば巧だって襲ってくれるでしょ?」

「栞、お前、明日になって酔いが冷めたら気が狂うと思うぞ」

「?」


 気まず過ぎる。

 せめて、俺一人の時に妄言を吐いてくれないか。

 久羽先輩も目線逸らしているじゃん。


「ふ、2人とも仲が良くて良かった」

「そうでもないですよ、久羽先輩。いつもは全然喋れないですから。久羽先輩がいてくれるから、まだ、俺達は喋れているだけで」


 正直、無理して喋っているところもある。

 久羽先輩の前で、いつもみたいに仲が悪いところを見せる訳にはいかないからな。


「私達、別れたからね」


 栞が悲しくそう呟いて、俺も思うところはあったが、フト、背中に冷や水をかけらたようにヒヤッとする。


 カザリちゃんを見やると、寝ているようだ。


 良かった。

 寝息は立てていなくて、角度的に顔は見えないけど聴かれなかったようだ。

 聴かれていたらどうなっていたか分からない。


 こういう重要な情報は誰から漏れるか分からないからな。

 俺達が別れたことは、誰にも言わない方がいい。

 他の客には、賑やかな居酒屋だから聴こえないから安心だろう。


 酔っているとはいえ、栞が迂闊すぎる。


「縒りを戻すつもりはないんだよね?」

「それは……」


 久羽先輩が真っすぐ俺を見てくる。

 正直な話、再び付き合うことは絶対にないと思っていた。


 喧嘩して、傷つけあって、現実を知った。

 甘い恋愛とは違って、同棲することによって表も裏も栞のことを知った。

 逆に知られて、自分の急所を突かれて、血を流して醜く罵り合った。

 痛みを伴いながら一緒にいることに耐えられなくなって、俺はこれ以上嫌いになりたくなくて栞から離れたのだ。


「分かりません」


 それが正直な気持ちだった。


 カザリちゃんから誘われた時、ぶっちゃけワンチャンあるんじゃないかって思った。

 ShowTubeやっていたら、ファンと付き合う奴は珍しくない。

 だから俺ももしかしたらカザリちゃんと何かあるんじゃないかって。


 そのぐらい、栞から心が離れていたのだ。

 別の恋人を欲してしまうぐらい、俺はもう栞のことを好きではない。


 俺の答えを聴いても栞は何も言わない。

 酔って、適当なことをずっと喋っていた栞だったが、今の俺の情けない言葉を聞いて、今度こそ愛想を尽かしただろうか。


 本当だったら、好きか嫌いか、再び付き合うか、一生付き合えないか、言うべきところだっただろうから。


「まあ、そうだよね……」



「――でも、完全に脈なしって訳じゃないんだね」



 久羽先輩が微笑む。


 再び付き合うことはないと思っていた。

 ――ここに来るまでは。


 無理して喋っている内に、少しだけ昔のことを思い出した。

 昔はもっとくだらないことを話してたな。

 理屈っぽい俺が、何も考えずに無駄なことを喋って、それでも楽しかった思い出だ。


「そりゃあ、一度は好きになった相手ですから」


 喋るって大事なことなんだな。

 栞に対しての嫌な感情がまた再熱するかも知れないけど、今この時だけは感傷に浸っている。


「栞ちゃんは?」

「まっ、私も巧が浮気しなきゃ考えなくはないですね」


 栞はそう言うと、グラスに口をつけて酒を飲む。

 俺と同じぐらいの酒しか飲めないんだから、これ以上は止めておけと思っていたら、ちょうどいいタイミングで店員がやってきた。


「お客様。後少しで飲み放題終了のお時間ですので、あとワンオーダーまでとなります」


 思ったよりも早いな。

 飲み会が始まった時は地獄のような思いだったが、こうして考えると、2時間、3時間があっという間だった。


「何か、飲む?」


 久羽先輩がメニューを見せてくれるが、俺と栞、どっちもばたんきゅー寸前だ。

 テーブルにはまだ口を付けていない飲み物もあるのだ。

 これ以上、注文できない。

 頼むなら、もう久羽先輩しかいない。

 栞と俺の二人は息を合わせた首振りで、オーダー拒否をする。


「いえ、もういいです」

「かしこまりました」


 店員さんがそう言って去って行った。


 少し時間が経過してから、三人は片付けの準備を始める。

 椅子にかけていた上着とか、カザリちゃんが持ってきたレプリカの刀とかを各々持ち始める。


「巧君。カザリちゃんは、どう?」

「……まだ寝てますね。どうします?」

「とりあえず、タクシー呼ぼうか? 今から呼んでいい?」

「お願いします」


 こうなってしまったか。

 酔い潰れたカザリちゃんをタクシーに乗せないといけない。

 テキパキとした対応ができる大人な久羽先輩がいたからグダグダにならずに済んでいるけど、問題はまだ残っている。


 お金をどうするかだ。

 四人分の会計をしなければならない。

 勿論、カザリちゃんからは、お金を回収していない。


 これが突発的な飲み会じゃなければ、カザリちゃんから事前にお金を回収しているんだけど、そんなことはしているはずもない。


「じゃあ、会計は私が奢るね」

「いやいや、流石にそれは……」

「そうですよ! 私も払います」


 久羽先輩が奢ろうとするが、申し訳なさ過ぎる。

 タクシー呼んでもらったし、俺と栞の今微妙な関係での飲み会に付き合ってくれたこともあるし。

 ともかく、普段からお世話になっているのに、今日は更に迷惑をかけてしまったのだ。

 久羽先輩天使過ぎるけど、流石に施し過ぎだ。


「これぐらいだった奢るけど……」

「いいえ、俺達稼いでますから」

「……じゃあ、割り勘ね。三等分にしようか。ピッタリ、小銭あるかな?」


 久羽先輩がお金を回収することになって、数百円だが、数十円だかの誤差は、俺達が余分に払った。

 ラッキーとか、久羽先輩は言ってくれたが、これぐらいだったらいつでも払う。

 というか、本当は強引にでも奢った方がいいんじゃないかとさえ思った。


「カザリちゃんの住所は知っているの?」

「知らないです」


 何度か起こそうとしても、うんうん呻っているだけで何も答えない。


 これじゃあ、どこにも連れて行けない。

 ホテルに連れて行く訳にもいかないし、ここに置いていくのはもっとダメだ。


 どうしようか頭を抱えていると、栞が苦々しい表所をしながら口を開く。


「こうなったら、私達の家に連れて行くしかないわね」


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