第14話 居酒屋で修羅場(2)
地獄のような飲み会が始まった。
栞と久羽先輩がお酒と食事を頼み終えると、早速切り込む。
「それで、結局この人は何者なの? どうして、巧と一緒に仲良くしているの?」
栞はカザリちゃんのことを行儀悪く指差す。
こんなに元気よく話す栞は久しぶりに見るな。
怒っていなければ、楽しい飲み会になったんだろうな。
「聞いての通り俺達のチャンネルのファンらしい。自分も動画を出しているから、それでちょっと話していただけだって。こうして飲みに行くのも初めてだから」
「動画? ShowTuberってこと?」
「はい。こういったものです」
カザリちゃんは、名刺代わりにスマホを差し出す。
そこには、カザリちゃんのチャンネルが映し出されていた。
横から久羽先輩が覗き込む。
四人で飲むということで、席の場所が変わった。
栞と久羽先輩が横に、そして、俺とカザリちゃんが横になった。
さっきよりカザリちゃんと距離が近くなったので、心拍数が上がったのは誰にも悟られないようにしたい。
「コスプレイヤーね。巧、好きだもんね、コスプレイヤー。写真集買ってるもんね?」
「な、何で知って――って、というか、ここで言うなよ」
今の時代、エロ本、エロ動画を購入する機会は激減している。
というか、俺は一冊も、一本も持っていない。
セールになった時に、ダウンロード販売されているものを購入するぐらいだ。
なので、ベッドの下とか、収納ボックスの奥底とかの、本来はエロ本を隠すような場所には、写真集が隠されている。
そのほとんどがグラビアアイドルではなく、コスプレイヤーだ。
昨今、少年誌のグラビアはコスプレイヤーで埋められている。
ナンバーワンコスプレイヤーは、年収一億を超えた。
芸能人やグラビアアイドルの時代は終わりを告げ、コスプレイヤーがグラビアの新時代を作りあげる時代。
だからあくまで勉強の為に写真集を購入しているのだが、久羽先輩がいる前ではバラさないで欲しかった。
というか、入るなと言っているのに、俺の部屋勝手に入ったな。
家に帰ったら、ブチ切れてやる。
「いいんじゃない、レイヤー。ローアングラーの近距離カメコにだけはならないでね」
「なるか!! というか、詳しいな!!」
「あなたが詳しいからでしょ!!」
カメコ、カメラ小僧の略か。
コスプレイヤーのスカートの中身の写真を撮るために、身体を倒しながら撮影をするマナー違反の人間も存在する。
有名なコスプレイヤーだと、捌けさせるスタッフも存在するだろうが、そうではないコスプレイヤーを、集団でレンズが当たるぐらいの距離で接写する写真がバズった時があった。
コスプレイヤーに興味がない人間が知っているような情報じゃないと思うんだけど、よく知っていたな。
俺が詳しいから詳しいとか、訳わからないこと言っていたけど、俺より詳しくないから俺より詳しくなろうとしたのか?
負けず嫌いな性格にもほどがあるだろ。
「巧君ってコスプレイヤーが好きなんだ」
久羽先輩が俺と、栞ちゃんを交互に見ながら呟く。
憧れの人に色々と誤解されている気がする。
「そもそも、そっちこそ久羽先輩と何してたんだ?」
久羽先輩と2人で飲み会するなんて、あまり聴いたことないけどな。
久羽先輩と俺と栞で3人で飲み会するなら、結構あったけど。
「何って……」
「遊び、かな。遊びだよ。最近栞ちゃんと、遊べてなかったから」
「そ、そうですね」
さっき俺の相談とか口走ってたからもっと情報を引き出したかったんだけど、久羽先輩がフォローに回るとそうもいかないか。
どうせ、俺の悪口でも言っていたんだろう。
普段の俺と栞はほとんど喋らずに無言だからな。
溜まっている不満は多いはずだ。
現在進行形でストレスを溜めていそうな栞が、カザリちゃんに向き直る。
「えー、と。水上さんでしたよね。相談だったら、他の人にしてくれませんかね?」
「? どうしてですか?」
「どうしても何も、私達はカップルだから! 私がいるのに、彼女持ちの巧とこうして二人きりで会うだけで浮気なの! 分かる?」
ヒートアップする栞。
俺だったら、もう反論できないかな。
ヒステリックになった栞に反論したら、こっちが謝るまで怒り続ける。
なのに、
「――どうして、シオさんにそんなこと言われないといけないんですか?」
カザリちゃんは、素の表情で訊き返す。
どうしてそんなこと言うのか分からない。
そう言いたそうな表情で、少し怖かった。
「なっ――」
想定外の角度からの言葉に、栞も口を噤む。
それとは正反対に、カザリちゃんは淡々と話し出す。
「交友関係まで束縛したら、タクさんだって窮屈ですよ。そんなんじゃ、タクさんにいつかフラれますよ」
「ふっ、ふざけないで!!」
栞がまとめに反論できないでいる。
カザリちゃんが俺達の内情を知っているかのような、的確な返しをするからだろう。
俺も内心ヒヤヒヤだ。
この場の年長者であり、場の調整の上手い久羽先輩が割って入る。
「まあまあ。栞ちゃん、落ち着いて。水上さんもそんな言い方はないんじゃない。栞ちゃんと巧君の問題なんだから」
「すいません……。私も酔って言い過ぎたかもしれないです」
2人が黙り込んだ。
久羽先輩がここにいてくれてよかった。
久羽先輩以外じゃなかったら、この場を捌き切ることはできなかっただろう。
いてくれて感謝しかない。
「でも、タクさんを好きだって気持ちは、シオさんにも負けませんから」
安堵していた所に、カザリちゃんが爆弾を投げ込む。
この場をかき乱すことしか考えてないんじゃないだろうか。
これが若さか?
「こ、この――」
再び栞がピキりそうだったのだが、バタン、とカザリちゃんが倒れる。
「え、ええ……」
中空に手を伸ばしたまま何もできなかった俺を見かねて、久羽先輩がこちら側まで回って来てくれる。
そして、横になったカザリちゃんの肩を何度か揺らして、声をかける。
だが、返答はない。
「寝てるね」
可愛い寝息を立てている。
顔が真っ赤だし、酔いが回ったのだろう。
泣き上戸、笑い上戸と、酔ってからどうなるかはその人次第だ。
だけど、寝るタイプかー。
これ、ある意味一番面倒なタイプだ。
他の酔い方は無視するか、少し相手をしていればいい。
だけど、寝られると、俺達は行動できなくなる。
すぐ起きてくれればいいのだが、ぐっすり寝てしまっていたら、俺達は家に帰れない。
睡眠中の人間を担ぐのは相当にしんどい。
タクシーを呼ぶしかないが、そもそも住所も知らない。
さて、カザリちゃんはどういうタイプの睡眠なのか。
「起きないね」
久羽先輩の一言で、全員が察する。
深いイプの睡眠をとるタイプってことは、飲み放題ギリギリまで起きるのを待つしかなくなった。
酔いが冷めるのを期待するしかない。
久羽先輩が自分の初期位置に戻ると、グラスを掲げる。
「とりあえず、飲み直そうか」
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