第5話 同棲している元彼女はビジネスパートナー
家に帰宅した。
玄関の靴で、栞が家にいるのが分かる。
家にいるのは事前に知ってはいたが、陰鬱な気分になる。
「ただいま」
「……うん」
手洗いうがいをしてリビングに行くと、薄着のまま髪をバスタオルで拭いている栞がいた。
長い髪をまとめ上げている仕草は色っぽい。
けど、なんで髪が濡れているんだ?
この時間だとシャワーかな?
栞は一日に二回は風呂か、シャワーを浴びる。
光熱費が余計にかかるから遠慮して欲しんだけど。
カザリちゃんは、ほわほわとした雰囲気で可愛らしかった。
それとは反対で冷たいけど、美人という印象の栞。
タイプがまるで違う。
栞も大学で最初に会った時は可愛かったんだけどな。
「テレビ、つけていい?」
「いいよ」
栞から離れた所のソファに座る。
俺と眼も合わせない。
動画の外だと、俺と栞の関係なんてこんなもんだ。
俺達は同棲している。
大学一年の頃からずっと動画を撮り続けて、金ができた。
お互いの家に泊まることが多くなったので、同棲することになった。
交通費もかからないし、家賃も少なくなるんじゃないってことで同棲をすることにしたが、今では後悔している。
同じ家に住んでみて、色々と考えが合わなくなって別れた。
本当だったら別居しているところだが、俺達はカップルShowTuberだ。
動画を撮ることを考えたら、一緒の家にいる方が撮影の都合がつくし、引っ越しの時間が勿体ない。
だから、あくまでビジネスカップルとして、俺達はここで一緒に住んでいる。
「画像、観た?」
「うん。いいんじゃない」
カフェで撮った写真を、帰宅前に送っておいた。
本当だったらあそこで動画を一人で撮ることも考えたが、一応相方の許可をもらいたかったのだ。
たまにサブチャンネルで、カップルとしてではなく、一人で動画を上げている。
だが、そこで評判が落ちたら、メインチャンネルにも影響が出る。
だから、事前に許しを得たかったのだ。
「動画のコンセプトは?」
「有名カフェの新商品を食べてみた、ってコンセプトでやろうと思ったけど」
「それだけだと動画として弱くない? 他の人気メニューをランキング形式で紹介した後に、新商品との味の違いをリポートした方がいいんじゃないの?」
「そう、だな。それがいいかも。俺がメニューの人気調べてみる」
「台本は私が考えるけど、いい?」
「うん。栞の方が味の違い分かるだろうから、台本よろしく」
「分かった」
とまあ、こういう風に会話が業務連絡みたいになっている。
色気も何もない。
俺だって、メイド服のコスプレイヤーとカフェにいるという非現実なシチュエーションにいながらも、動画のことを第一に考えていた。
自分の頼みたいものじゃなく、動画映えを狙うために新商品を口にしたのだ。
こんなの職業病だ。
動画外の時のはずなのに、動画のことを考えている。
俺達は才能なんてない。
だから、常に動画のこと考えていないと、すぐにアイディアは枯渇する。
台本だって用意する時だってある。
特に、食レポは難しい。
有名なレポートの言葉を盗まなきゃ、コメントすらできない。
良いコメントを調べる時間だって必要なのだ。
二人いる利点を生かして、俺達はその時々によって役割分担をしながら、一つの動画のために時間と労力を費やしている。
「ていうか、サブチャンじゃなくてもメインで上げればよくない?」
「……そうだな。食べるメニューが多くなるから、二人で食レポするか」
「面倒くさい」
「……悪いな」
「別に……」
そう言いながらも不服そうだ。
サブチャンネルで、一人で気軽に動画を撮る方がいいんだけどな。
ただ、再生数のためならしかたない。
「今日の分の動画、今から撮るんだろ?」
「うん。私がカメラで料理している姿撮るね。食材はちゃんと買ってきた?」
「ああ」
週に二日以上動画を上げてない休日を設けてはいるが、基本的には毎日動画を撮っている。
どちらかが風邪を引いたり、実家に帰るとなったりしたら、動画が撮れない。
そんな時のために毎日動画を撮っている。
今日は俺が手料理を作る動画を撮る予定だ。
普段お世話になっている彼女に感謝を込めて、俺が料理をする動画だ。
普通に栞が作るよりも、俺が作る方が再生数は上がる。
俺も独り暮らしはしていてから最低限の家事はできる。
料理もできる方だ。
今回の動画内容はこうだ。
俺が大ボリュームのかつ丼を作って、栞から大顰蹙を買ってしまう。これじゃ、太るでしょ? と口論になる。
だったら、体重計に乗ってみろと俺が言って、食べる前と食べる後で何キロ太ったのかを測るというもの。
ただ、体重にはモザイクを入れて、何キロ太ったかはピー音を入れるシナリオだ。
太らなかったら、それはそれで一つのオチとしていい。
とまあ、大体のシナリオはできている。
動画層は投稿者から確認できるが、女性層が多い。
女性は体重を気にするものだから、そこにポイントを絞った動画作りをする作戦だ。
ただ、体重計の下りは最後まで、栞がガチで嫌がったな。
その必死さが動画内で発揮できたら、逆に面白いと思うんだけどな。
「――は?」
栞が底冷えするような声を上げる。
今回の動画で言い争いになった時の数十倍は冷たい視線をしている。
「? ど、どうした?」
栞はズンズン俺に向かってくる。
俺は気圧され、壁際まで追い詰められる。
そして、栞の左手は壁に、右手は俺のシャツの襟を掴んだ。
ワイルドな壁ドンに、俺は言葉を失う。
「ねえ。浮気、した?」
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