精神科医の私の元に、自分を『ハーレム主人公』だと思い込んでる患者が運び込まれてきました。

白神天稀

第1話 波乱の予感

 俺の名前は霜崎しもざき和紀かずき。退屈な毎日を送る、冴えない普通の陰キャ高校生だ。自分で言うのもなんだが、俺には女難の相というものがあると思う。これがここ最近の大きな悩みだ。


 教室の自席で溜息交じりに頭を抱えていると、突然背中から衝撃が加わる。


「かーずき、何してんの?」


「なんだよ鹿波かなみ、驚かせんなって」


 こいつは幼馴染みで隣の家に住む鹿波。昔から鹿波はこうやって俺にくっついて回ってる。もう高校生だってのに、こいつは何時まで経っても子供みたいだな。胸は大人サイズだけど。しかも顔だけは良いからクラスではアイドル的ポジションだ。

 そのたわわに実った胸を押し当てられ動揺していると、横から金髪のギャルが机を蹴って俺を呼んだ。なにやらご機嫌斜めの様子だな。


「霜崎! あんたなんで昨日の約束すっぽかしたのよ」


「レイナ!? ちょっ、近いって」


「何よぉ、なんか文句あるの?」


 レイナは吐息が触れる距離まで顔を近づけ、むすっとした表情でこっちをじっと睨んでいる。彼女の見た目はなんだか怖いけど、女子にここまで接近されると反射的に緊張してくる。

 レイナによる正面からの圧力と、鹿波のいる俺の真後ろから感じる謎の殺気に挟まれて思わず肩が竦む。そんな緊迫した空気の中へ割って入るように第三勢力は投下された。


「二人とも抜け駆けっスか? ズルい! アタシだってかずっちとイチャつきたいのに~」


萌巳もえまで。もう勘弁してくれぇ」


 萌巳は一ヶ月前にうちの高校に来た転校生だ。この萌巳は何故だか知らないが転校初日から俺を見るや、何かと理由をつけグイグイと迫って来る押しの強い女子。

 はつらつとしていて男女問わず人気の彼女だが、どうして俺がこんなに気に入られているかは分からない。


 女子三人に挟まれて困惑していると、ちょうどいいタイミングで担任が教室へ入って来る。


「もうホームルームの時間よ。そこ、さっさと席に着きなさい」


「き、岸川先生!」


 担任の岸川先生、彼女は教員歴五年目で生徒からの人望が厚い若き美人教師。この学校の男連中を皆、虜にしているほどの魔性の女だ。心優しく授業も分かりやすいと評判の先生なのだが、俺への当たりだけ異様に厳しい。


 岸川先生は教団に立ち俺と視線が合うと、鋭く冷ややかな眼光をこちらへ向けて来た。


「またあなたね、霜崎君。全くあなたって生徒は、教室のど真ん中で不純異性交遊だなんてとんでもないわね。今日の放課後、生徒指導室に来なさい」


「なっ、なんで俺ぇ!?」


「みっちりとお説教してあげるから、覚悟してなさい」


 なんで俺ばっかりこんな目に合うんだ。完全に冤罪じゃないか。


「和紀ぃ!」

「霜月!」

「かずっち!」

「霜月君!」


 今日も俺は彼女達に狙われている。この学校生活は本当に忙しくて堪らない。


 これはどうも波乱の予感がするな。はぁ、全く困ったもんだぜ。


 ※※※


 私の名は茅本かやもと信二しんじ、とある総合病院の精神科で勤務する医師だ。この病院には日々多くの患者がやって来るが、今日は一際ぶっ飛んだ患者がやってきた。

 その患者は道端で倒れてるところを通行人に発見されて救急搬送されたが、どうも精神疾患の症状が見られたようなので今私の所で診断をしているのだ。


「それじゃあまず、君の名前を教えてくれるかな?」


 目の前に座っている青年は見た目こそ普通だ。顔色も悪くなく、目もドラッグをやっている血走った眼ではない。知能検査も問題はなかったようだし、表面的にはごく一般的な高校生に思えるがどうだ。


「俺の名前は霜崎和紀。退屈な毎日を送る、冴えない普通の陰キャ高校生だ」


 なんかラノベのモノローグみたいな自己紹介来たぁ。そして冴えない普通の陰キャって、意味が重複してないか? まあだが、一応意思の疎通は取れているみたいだな。


「霜崎君だね、私は茅本と言います。よろしくね」


 大丈夫、私はここで何人もの患者を請け負って来た。今更共感性羞恥で顔を引きつらせたりなどしないぞ。


「先生ね、まずは君とお話がしたいんだ。君の事が知りたくってさ。それでいきなりかもしれないけど、霜崎君は何か最近困ってることとかはないかい? 例えばそう、悩み事とか」


「なんだよ鹿波、驚かせんなって」


 おっとぉ? 雲行きがいきなり変わったね。悪天候の予感だぁ。


「鹿波じゃないよぉ。私は下の名前は信二ですよ~」


「レイナ!? ちょっ、近いって」


「レイナって誰? 君が今話しかけてるそれは観葉植物だよ~」


「萌巳まで。勘弁してくれぇ」


「次々と色んな人出てくるね~」


 前言撤回、全く疎通出来てなかった。そして想像以上に幻覚が酷いな。想定よりも症状はずっと深刻かもしれない。


 何人もの異性が見える幻覚症状か。対人関係で悩みを抱えているのか、過去のトラウマによるPTSDか。

 ……って思ったけど原因はまず対人恐怖症とかの類いじゃねえな。だって幻覚の女の子(?)に対してめっちゃニヤケちゃってるもん。目つきが急にいやらしくなったぞコイツ。


「き、岸川先生!」


「おお。私の名前全然違うけど、先生って付けられたから前進したね」


「なっ、なんで俺ぇ!?」


「なんでと言われても、今は霜月君としか話してないからね~」


 さっきからずっと前進と後退繰り返して状況が何一つ変わってねえんだよなぁ。


 暴力性や情緒の不安定さは今のところ見受けられないが、コミュニケーションが取れないほどの幻覚状態にある。この様子だと、入院治療は必須段階かもな。


「これはどうも波乱の予感がする。はぁ、全く困ったもんだぜ」


 うん、即入院☆

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