WICKED WOMAN

SAhyogo

第1話 Aパート

 2015年7月14日(水)付け 地方面

 昨日未明、県立柏原高等学校の敷地内で、本校に通う伊藤明日香(17)さんの遺体が発見された。

 捜査当局によると、伊藤さんは屋上からの転落死と見られている。屋上には遺書と綺麗に揃えられた本人の靴が発見されており、事件性は低く自殺とみられる。

 

 ここにある伊藤明日香とは三才上の姉である。巷では容姿の面で有名な人であったが、突然三年前にこの世を去った。中学二年生だった当時、部活から帰り、アフターファイブを楽しんでいた頃だ。早くても一八時前後には帰宅する姉が連絡もなく、一向に帰ってこないことを心配した両親が捜索願を出したのだ。

 頻りに電話をかける両親を尻目に、呑気にテレビを見ていたと記憶している。決して、姉妹仲が最悪であったわけではない。姉も一七歳にもなれば、彼氏がいてもおかしくない年齢だ。薔薇色のスクールライフを謳歌しているのだろうと思っていたが、蓋を開けてみればそういうことだった。


「美波、また読んでるの、それ」


 不意の声に顔を上げる美波。すると、そこには一人の女子生徒が立っていた。セミロングの髪に、整った顔立ち。着崩されたブレザーは彼女が同級生でないことを示している。記事に夢中で気付かなかったが、教室内のざわめきはこの人のせいだった。

「どうしたの、彩香ちゃん? ここ一年の教室だけど」

 その毒のある言い方に、動揺するのは彩香ではなく隣で談笑していた生徒たちだ。目を丸くしてこちらに視線を向けているのが目の端で見えた。

「先輩に向かってそんな言い方は良くないな。ねえ」彩香が隣の生徒たちに話を振るも、咄嗟のことで曖昧な返事しかない。

「やめてよ。悪評を広めるみたいなこと。私と彩香ちゃんの仲じゃん」

「ごめんごめん。冗談だから。本気にしないでね」彩香は隣の生徒たちに口添えする。そして、美波の方へと向き直り、続けるのだった。

「もう二年になるよね。明日香さんが亡くなって」

「うん」美波は記事に視線を落としつつ、小さく頷いた。

「ホントに信じられない。明日香さんが自殺なんて」

「そうだね。リア充を体現したような人だったから……。顔が良ければ、頭も良かったし。友達も多かった。だから、当時は何でと思ったけど、才女は才女なりの苦悩もあったんじゃないかと今では思うよ」

「そうね。確かに明日香さんは友達が多かった。でも、それと同じくらい明日香さんをよく思わない人もいたわ」

 不意に美波は、彩香に視線を送る。当然のことながら、ふたりの視線はぶつかった。これが青春真っ盛りの男女であるなら、頬を染めるくらいの反応をするがそこは旧知の仲だ。彩香が柔和に笑い、次いで美波が視線を外す。

「そうなんだ。私、全然知らなかった。妹失格だな」

「そんなことないよ。明日香さん、学校では美波のことよく話してたよ。昨日、美波はこんなことしてくれて嬉しかったとか、あんなことしててホントに可笑しかったとか。屈託のない笑顔で話すから、本当に妹のことが好きなんだなって……」

「だとしたら、ますます失格だよ」

 美波は存ぜぬ姉の一面を聞き、今一度”伊藤明日香”という人物を想起する。しかし、彩香の言うような記憶がまったくなかく、あるのは口うるさく小言を言う姉だけであった。しかし、彩香のいうことが本当なら、それも姉なりの愛だったのかもしれない。疎ましく思っていいた自分を殴りたい気分だ。

「まあ、そう思うなら明日香さんの分まで一生懸命生きようよ」

「――そうだね」美波は再び彩香に視線を送り、今度は美波が笑みを浮かべた。

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