同一色の世界で
絲川三未
第1話 わたし
火の国ではみんながレンガ色をしている。
外ではたらく人も、きれいにお化粧をして写真を撮られる人も、
病気を治す人も、赤ちゃんも、空も、みんな。
そんなわたしたちの国を
「夕焼け色の世界」と表現したのは、
遠い星からきたジャーナリスト。
彼には何もかもが新しく見え、目に映るものが新鮮だった。
男はそのまま火の国へ移り住んだ。
新聞記者として働き、
朝から晩まで取材や執筆をし、よく働いた。
しごと帰りは、頻繁にバーへ行った。
そして、ある日、行きつけの店で、
テラコッタ色のひときわ輝く女と出逢って恋をした。
ふたりは炎と炎が掛け合わさるように情熱的に愛し合い、
男が仕事で不在になるとき以外は、いっときも離れなかった。
もし離れ離れになってしまったら、
蝋燭の火が風にかき消されてしまうように、
じぶん達自身が消えてしまうような、
そんな危機感を察知していたから。
出逢って数ヶ月後、
女は身籠り、おんなの子が生まれた。
羽のように軽く、絹のように滑らかな肌は、
褐色を帯びたミルクティー色。
髪は父親に似てブラウン、瞳は淡い紫色で、
まるで鉱石のような輝きを放っていた。
そのおんなの子とは、わたしのこと。
名前はスア。
髪色以外は両親それぞれの色と色を
かけ合わせてできた配色を有し、
瞳は、角度や光の加減でグレーに変化する。
まるでわたしの体はパレットだ。
他の惑星と交流をはじめて50年が経ち、
父のようなジャーナリスト、星々の研究にたずさわる人など、
職務を通じた異星人たちの来訪・移住が増えたおかげで
友好的な関係が続いてはいたけれど、
わたしのようなミックスは、まだマイノリティーだった。
わたしの通っている学校でたとえるなら、
ひと学年200人のうち、混血種は10分の1いるかいないかくらい。
小さいころ、父はわたしに、
じぶんが撮った生まれ故郷の写真や
仕事で訪れた他の惑星を見せながら、
「この宇宙には、お前がまだ見たことのない
知らない世界や生き物たちが、たくさん存在しているんだよ。」
と、夕暮れ東の空にひときわ輝く星のような瞳で、
ひとつひとつ指をさしながら、わたしに説明した。
父の撮った写真は、わたしにとって図鑑であり、
視野を広げ、心を躍らせてくれる書物でもあった。
黒い髪の人、白い肌の人、
季節ごとに色を変える植物、
複数の色が組み合わさって模様を作る動物たち。
ひとつの枠のなかに収められたものの何を何度見ても、
素晴らしい芸術作品に出逢ったかのように
いつも胸がいっぱいになった。
この星とは、全く対照的な世界。
とりわけ、父の故郷は色とりどりだ。
わたしの隣で、父が自分の星の写真を見つめる目とき、
愛おしいという想いが泉のように溢れていた。
「こんなに素敵なものがたくさんある星からきたのに、
パパはどうしてここにいるの?帰りたくなったりしないの?」と訊ねた。
わたしは、父がこの星に飽きて、
いつか突然いなくなってしまうのではないかという恐れがあった。
でも父は違った。
「ううん、だってママはこの世界で、何よりも美しいから。」
その声には、晴れわたる空のように、邪魔するものが一切なかった。
わたしは胸のあたりにじんわりとしたあたたかさを覚え、
胸のすみずみまでその温度が沁みわたっていく感覚を覚えた。
それと同時に、ふたりの結びつきがあまりに強すぎて、
子供のわたしでさえ、入り込めないものを感じていた。
でも、わたしは父も母も大好きだから、
何も言わずにっこりと微笑んでみせた。
父も目を細めて、一緒に笑っていた。
・・・
(つづく)
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