第二章 幽霊少女(2)
○
さてここで二人が出かけることになった経緯について軽く触れておこう。
発端は連絡先を交換した始業式の日の夜、次はどんなコスプレをするのかと亮介がメッセージで聞いてみたことだった。
『最上くんが協力してくれるならぜひやりたいキャラクターがいるんです!』
瑞穂は文面だとかなり
やりたいのは『幽霊少女はキミを寝かさない』の
数か月前に
『アニメにハマっちゃって勢いで衣装作ってみたんですけど……撮影場所が確保できなくて今までお蔵入りになってたんです』
『え? どういうこと?』
『男の子の部屋が舞台になってるんですよ』
『あーなるほど』
舞台となっている主人公の部屋はごくありふれた男子高校生の部屋だが、さすがに瑞穂の部屋では再現するのが難しいとのこと。亮介が自分の部屋の写真を送ったところこれなら小物さえ用意すれば大丈夫そうだということだった。
『もしよろしければ最上くんの部屋を撮影場所にできないかな……と』
『いいよ、わかった』
『ありがとうございます! 衣装以外は揃えてないので買い出しに行かないとですね』
『俺もついていっていいか? その、コスプレ道具売ってる店とか面白そうだし』
『もちろんです! ぜひ来てください!』
そんなわけだから、最初に二人がやってきたのはウィッグ専門店だった。
ウィッグというのはコスプレイヤーが
無骨な雑居ビルの三階までエレベーターで上がると、目的の店はあった。
「うわーっ、すごいな。専門店とは聞いてたけどこんなにたくさん種類があるのか」
「は、はい。たくさんの髪型と色が
店の中にはずらりとウィッグが展示されており、その数はざっと数百個はありそうだった。亮介たちの他にも何組か客はいてスマホの画面に映ったキャラクターを見ながら真剣に買う物を選んでいる。
瑞穂はというと慣れた様子でとことこ歩いていき、奥の方で立ち止まると複数のウィッグの色を見比べてじっくりと吟味を始めた。
「あ、あの……最上くん」
亮介は後ろで待っていたのだが、そこで振り返った瑞穂から声を掛けられる。
「どうした?」
「ど……どれがいいと思いますか?」
どうやら意見を求められているようだった。差し出されたスマホの画面には涼香の顔が映し出されていた。やや黄色に近い金髪を見て目の前に並ぶウィッグと見比べてみたところで、亮介は閉口してしまう。
陳列されているウィッグは一口に金色といってもブロンズゴールド、シャンパンゴールド、スターライトイエロー、カナリアゴールド、ロイヤルブロンド等々、人生で初めて聞くような細分化された色が並んでいる。素人目には、どれがいいかなんて全然わからない。
「申し訳ないんだけど俺じゃ力になれなそうだ」
「そ、そうですか……」
「何かお困りですかー?」
するとそこに女性店員がやってきた。瑞穂はびくり、と肩を震わせて
なので亮介が代わりに説明を引き受けた。
「えーと、コスプレに使うウィッグを探してるんですけど色で迷ってて」
「何のキャラをやるんです?」
「『幽霊少女はキミを寝かさない』の涼香ってキャラです。この画像の女の子なんですが」
「あー、それならこの色を買われていく人が多いですねー」
「なるほど、ありがとうございます」
店員が指定した色は瑞穂も納得できるということでそれを購入することになる。
そのあとも別の店に移動して必要なものを一通り揃えていった。
「ただいまー」
玄関から大きめの声でそう言っても、何も返事はない。
亮介の両親は休日二人で出かけることが多く、今日もその例に漏れず夜まで帰ってこないと聞いている。そして
「お……おじゃま、します」
「俺の部屋は二階だからそこの階段上るんだ。ほら、スーツケース持つよ」
そうして部屋の前に来ると、亮介はぐいと扉を開けた。
瑞穂が来るとのことで昨日徹底的に掃除してある。普段はけっこう散らかっているが、今日はもう
「あっ……」
瑞穂は中に入るなり、机に置かれているものを見て絶句する。
おそるおそるといった感じで中身を確認し、そしてかあっと顔を火照らせていた。
いったい何があったのだろう。後ろから部屋に入った亮介は瑞穂の様子がおかしいことに気づき慌てて近づいていった。
すると──机の上には、とんでもないものが積んであった。
「おおおおおいいいいいっ!」
思わず、大きな叫び声をあげてしまう。
積んであったのは、大量の同人誌だ。必然的に犯人は一人に絞られるわけであり、もちろんその全てが十八禁だった。
「え、えっと、その……最上くんも、お、男の子ですから」
「待ってくれ違うんだ! これは俺の私物じゃない! 誤解だ誤解!」
「……そ、そうなんですか?」
ぱちくりと
一応否定はしておいたが、さすがにこの状況で私物でないと主張しても苦しい言い訳にしかならないだろうことは百も承知だ。だから亮介はあまりにも不名誉な誤解を解くべく、怒鳴り込みを決行することにした。
「と、とにかくついてきてくれ」
「(こくこく)」
そうして亮介は瑞穂を連れて、乱暴に隣の部屋の扉を開けた。
そこに広がっているのは
ベッドのシーツも枕も全てがアニメ柄(十八禁)。マンガや同人誌やらが本棚から
俗にいうオタク部屋を十八歳未満立ち入り禁止の仕様にしたような、そんな部屋だ。
その部屋の主である夏帆はヘッドホンをつけて液タブに絵を描きこんでいたが、亮介たちが入ってくると耳からヘッドホンを外して体をこちらへと向けた。
「もー、騒がしいなー亮介。ってあれ? 誰その女の子?」
「うちに遊びに来たんだ。俺のクラスメートだよ」
「へー! 何よーやるじゃん亮介、可愛い女の子連れ込んじゃって!」
「一応言っとくけどただの友達だからな……で、それよりも姉さん! 俺の机の上に大量の同人誌置いただろ!」
夏帆は悪びれる様子もなく、首を縦に振る。
「うん置いたよー。この前のコミケのバイト代、現物支給の方が喜ばれるかなーと思ってあたしが亮介の性癖に合わせて厳選しておいたから」
「いるかあんなもん! バイト代はちゃんと現金でくれ! というか姉さんのせいであの同人誌が俺の私物だって桜宮に誤解されたんだからな」
「あちゃー、ごめんごめん。まさか亮介が女の子連れてくるなんて思わないからさー」
「的確だけど失礼だな!」
と、夏帆は作業用のゲーミングチェアから立ち上がって亮介たちの方に歩いてきた。前にでかでかと〈I LOVE R-18〉とプリントされた白いTシャツを見て瑞穂は完全に引いてしまっている。
夏帆は相好を崩し、瑞穂へと声をかけた。
「桜宮ちゃん、はじめまして。自己紹介してなかったけどあたしは亮介の姉、夏帆だよ」
しかし瑞穂は口をぱくぱくさせるだけで、声が出てこない。
「ねーねー、桜宮ちゃんは亮介とどういう関係なの?」
そこに更に畳みかけるように夏帆が尋ねたため、瑞穂は亮介の背中にぴたりとくっついて隠れてしまった。夏帆はというと楽しそうに笑みを浮かべた。
「あははー、あたしは完全に警戒されちゃってるねー。それにしても亮介にはよく懐いてるみたいじゃん」
「……行こう桜宮。これ以上ここにいてもろくなことがなさそうだ」
同人誌の誤解を解くという最大の目的を達した今、あとはひたすら身内の恥を
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