奪われフラグの立て直し!

14高峰

第1話 奪われたフラグ

スマホで通話しながら歩く友人の少し後ろを歩いていた俺は同じくスマホに視線を下ろしつつ今日明日のバイトのことなんかを考えていた。


「きゃっ」という小さな悲鳴に振り返ると同じ高校の制服を身にまとう女子が駅と商業施設をつなぐ歩道橋の手すりからあわてて下を見下ろすところだった。


バツの悪そうな顔で急ぎ足に去っていくサラリーマンの姿から考えて二人が衝突した弾みに少女の持ち物か何かが下に落ちてしまったようだ。

5mも離れていない場所に困った人がいて、それを見過ごすなんてことをできない性分の俺は駆け寄って声をかけることにした。


「大丈夫?何落としたの?」


聞いて見ると諦めが混じったような小さな声で答えてくれる。


「体は、大丈夫です。・・・でもメガネを落としてしまって」


目を細めて必死に眼鏡の行方を探る彼女と同じように下を覗き込むと運良く真下は歩道の植え込みであり眼鏡は無事かもしれなかった。


「取ってきてあげるよ、ここにいて」

「自分で行きます!自分の眼鏡ですから」

俺が提案すると彼女はそれが当然とばかりに反応して言葉を発する。

「いやよく見えないのに階段を移動するのは危ないから、それに君がここにいてくれると目印になって探しやすいからさ」

そんな俺の言葉を聞いて初めてこちらに視線を送ってくる彼女。

ぼやけて見えているためだろうけど微妙に眉根がしかめられたその顔は悲壮感すら漂わせている。

こちらの顔と欄干の下、視線を何度か往復させた彼女は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみませんが、お願いします」


赤色のふちの眼鏡です、と告げられた俺は了解を示すように手を軽く上げて見せるとくるりと反転して早足に下り階段に向かう。

見たことない子だったけど学年章は同じ2年のものだったな、なんて考えながら滑るように階段を降り歩道橋を見上げながら大体の位置を見当付けて植え込みを探る。

車道側ではあるが自転車用の緑のレーンがあるので危険は少ないだろう。

たまに通る自転車からの何をしているのだろうという視線をかわしつつ、ものの1分くらいだろうか、思ったより簡単に見つけることができた。

砂埃をはらって見ると傷は少しあるようだが割れたり破損はしていないようだ。

良かったと安心して上を見上げるとメガネが回収できたことに気付いていないのかまだ心配げな彼女の顔が見える。


「見つけたよ!」


かなり目が悪そうだったので立ち上がり声をかけながら大きめのアクションで手をあげてアピールする。


『ぱんっ』


その伸ばした手のひらを通りすがりの自転車に乗った何者かが軽快な音を立てて叩いた。

ブレーキ音とともに立ち止まった自転車を見やるとそこには幼なじみの姿があった。


「めちゃくちゃ痛ってーんだけど?何してんのよ!」

まるで被害者かのように手をぶらぶらとさせながらこちらを睨むのは、少し日に焼けた肌にボブショートの《ザ・部活女子》須藤凛胡。


「こっちのセリフだろリンゴ!オマエは手が挙げられてたらとりあえず叩くのか?頭が体育会系すぎんだよゴリラかおまえは!」

「なんですって!自転車レーンにわざわざ出てきて手を上げてるもんだから応援のモブかなんかかと思ったのよ、このすっとこどっこい!」

憤慨したのか自転車を降りて鼻息荒くこちらに近寄ってくる凛胡。


「なんの応援だよ自転車レースしてたわけでもないだろうに!ほんと恥ずかしいやつだよお前は」

こちらも負けじと怒りを表情にうつしながら茂みから出て彼女に近づく。


このままいつものノリで喧嘩が始まるかと思ったとき、いつの間にか電話を切り上げた帰宅を共にしていたクラスメイトの男子が後ろから声をかけてきた。


「直史!」

振り返ると駆け寄ってくる友人草壁蓮太は半分呆れたような顔を俺達に向けながら俺の右手を指さした。

「その眼鏡を返すんじゃないのか?」

その言葉に思い出したかのように慌てて上を向くが先程の少女の姿は見えない。


「あれ?移動しちゃった?」

見つけたよと声をかけたのにも関わらず、第三者と口論をはじめて帰ってこないもんだから焦れてこちらに向かっているのかもしれない。


「やれやれ夫婦喧嘩の続きをどうぞ、俺が代わりに渡してきてやるよ」


そう言われるや否や右手から奪われる赤ブチの眼鏡の感触と同時に後ろから羽交い締めしてくるわが幼馴染。


「だれが恥ずかしいやつだぁ?あとこいつと夫婦ちゃう!私彼氏おるし!」


「ばかっ!耳っ!?」

至近距離でバカでかい声を出された俺は凛胡の身体をとっさに振り解き耳を押さえる。


まだキーンと鳴る耳を指でもみほぐしながら階段までエスケープ。

「おぼえてろよ」と自転車にまたがった凛胡を尻目に階段を登り切ると、2人の男女の姿が見えてきた。




「これ、落とした眼鏡」

友人が差し出す手には俺が拾った眼鏡。


「ありがとうございます」

受け取り眼鏡をはめるとはにかむように笑顔を友人に向ける少女。

視力の足しにしようとしかめていた目つきではない開かれた両まなこ。

掛け値なしに可愛いと言える少女の姿がそこにはあった。


「本当に助かりました、何かお礼をしたいのですが」

そういって何か聞きたそうにする彼女に

「俺は2年の草壁蓮太。いいよお礼なんて当然のことしたまでだし」


謙遜するようにそういう蓮太だけども、やったのは俺なんだが?となかば睨むようにその背中を見つめてやる。

そんな視線に気付いたようにこちらを振り返った蓮太は「わりぃ」と言いたいのか微妙に口を歪ませて申し訳そうな表情を見せる。


はぁ


わかったよ。


俺は何も知らないような顔でカバンを背負い直すと2人の横を通り過ぎることに決めた。


「連絡先交換してくれませんか?」


彼女の意を決したような声を背中に聞いて俺は駅に向かって歩みを進める。

友達のあんな顔見せられたら言えなくもなるよ。


『そんなつもりはなかったんだけど一目惚れしちゃって』

『たのむ、このチャンスゆずってくれ』


友の心の声はまだ少し痛むこの耳にもありありと聞こえてきてしまった。


駅の改札を通過しながらいつもより低く感じる視界に気付き顔を持ち上げる。


世間一般ではああいうのを『恋愛フラグ』っていうのではないだろうか。ふとした出来事で男女が知り合って親密になるきっかけとなる。

そんなフラグと呼ばれる何かを俺はこれまでの人生でたくさん経験してきた。


こう聞くと俺がまるで沢山の恋愛を経験してきた人間に思うかもしれないけどそれは残念ながら違う。


ゆっくりと俺の身体をホームに運ぶエスカレーターがいくつもの記憶を思い返させる。


浮かぶのは先程遭遇した幼馴染の凛胡や、文通相手だった少女。

怒り顔の名も知らない少女な姿に、遠い記憶に霞む幼い女の子の泣き顔。

そして友人にとびきりの笑顔を向けた先程の眼鏡の女の子が最後に浮かんできて、俺は今日はじめてのため息を一つこぼした。


「また、奪われちまったなぁ」


その小さな小さなぼやきはホームに響く列車の到着を告げるアナウンスにかき消され、誰の耳に届くこともなかった。

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