第34話 王者vs悪魔

 闘技場王者ガウェインはコロセスにある名前もないような小さな村の出身であった。

 彼は小さい頃から力が強く、10歳になる頃には大人を含めて彼に敵う村人は居なくなっていた。


 彼はより強さを求め、13歳の時、村を出てコロセス国内を転々と旅をする。

 その間、野盗や魔獣に襲われる事もあったが、その全てを己の五体のみで蹴散らしてきた。

 常に闘いを求めて彷徨う彼はいつしか闘鬼と呼ばれるまでに至った。


 そんな彼が齢16の頃、闘技に出会う。

 一対一で武器を使用せず、自身の力だけでぶつかり合うこの競技はガウェインの理想にハマった。


 闘技にのめり込んだ彼は、勝ち星を重ねる。向かう所敵なしで、全ての試合に勝って来た。

 だが、彼が24歳の時、ある人物と対戦をした時に初めて敗北を味わう事になる。


 自分よりも若く小柄で、しかも女性。

 手も足も出なかった訳ではない、だが実力差ははっきりとあった。

 その試合で彼は滅多打ちにされ、己を見つめ直す事になる。


 厳しい修行を重ね、過去の自分を遥かに超えた強さを身に付けた時には、敗北を味合わせてくれた少女は闘技から引退していた。


 王者ガウェインは虚無感を抱いていた。

 闘技は続けているが、強いと思う相手は居ない。

 国内ではもう自分を奮い立たせるような闘技者は皆無だろう、此処も潮時かと思っていた矢先、化け物が現れた。



「……お前、何だ……? 人間か?」


 バティンと対面するガウェインは冷や汗が止まらない。

 今までの誰よりも強いと確信するバティンの闘気を感じ取っていた。


「ふむ、力の差がわかるのもそれなりに貴様が強者である証拠よ。胸を貸してやる、存分に来るが良い」


(胸を貸すだと……? ククっ、どっちが王者だかわからんな)


「用意は良いか!? では、始めぇ!!」


 先手必勝とばかりにガウェインは真っ直ぐにバティンに肉薄する。

 伸びたゴムが弾けるような凄まじい瞬発力、ガウェインが立っていた足元の舞台が抉れている事からもそれが伺える。


 瞬く間に詰め寄られたバティンだが、冷静にジッとガウェインを見つめている。


(馬鹿めその余裕が仇となったな、喰らいな!)


龍崩撃りゅうほうげき


 それは、龍すらも崩れて落ちる程の威力の正拳突き。

 ガウェインの瞬発力を持ってして初めて成る不可避の極技。

 その一撃はバティンの鳩尾に突き刺さる。元々の挑戦者であったミゲルであればここで試合終了だっただろう。


 が、バティンは違う。


「中々の威力だ。さぁ、もっと見せてみよ」


 ガウェインは後ろに跳び退き、バティンと距離を取る。


(ふざけるなよ……何なんだコイツは……)


 ガウェインの拳は折れていた、余りの威力に肉体が耐えられなかったのだ。

 しかし、当のバティンは平然と続きを促している。


 その後もガウェインの攻撃は続く。

 突き、蹴り、フェイント、投げ、持てる全てをぶつけ相手を打倒しようとした。

 しかし、そのどれもバティンには通じないどころか一歩も動かすことが出来ない。


「ふむ、終いか?」

「化け物め……お前人間じゃないだろう!?」

「どうでも良いであろう。終いならそろそろ我の攻撃だな」


(ちっ、これを使う事になるとは……まだ未完成だが仕方ねぇ)


「ほざくのは次の攻撃を受けてからにしな!」

「ほぉ、良かろう」


 ガウェインは呼吸を整える、2回、3回と深呼吸し気を練り始める。

 見ていた観客からもガウェインの身体から闘気が立ち昇るのが見えた。


【剛 滅龍撃ごうめつりゅうげき


 ガウェインの身体が消えた。

 そう思った時には耳を塞ぐほどの轟音がグラップ内に響き渡る。


「クックック……ハァッハッハッハ!!」


 ガウェインは笑っていた。

 究極の一撃を放った腕は、曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「ハッハッハァ……これを受けて無傷じゃあ俺に勝ち目はねぇな」

「見事な一撃であった」


 バティンは立っていた。それも見たところ無傷で。

 だが、被っていたバケツは吹き飛び、立ち位置は一歩後ろにズレていた。


「ふぅ、やっぱりお前、人間じゃなくて悪魔か……」

「付かぬことを聞くが人間よ、貴様はシェディムと言う暗殺者とどっちが強い?」

「あぁん? シェディムだぁ? さぁな、やり合った事はねぇが闘技じゃ負けねぇ」

「そうか、参考になった」

「俺も1つ聞きたい、お前は悪魔の中でどれくらいの強さだ?」

「我に勝てる悪魔はおらぬ」

「はっ! そりゃ……勝てねぇ、わけ、だ……」


 力を使い果たしたガウェインは地面に倒れる。

 二人の闘いに声も出せずにいた観客は実況の声で我に返る。


「けっ……決着ぅぅ!! 勝ったのはバティン選手! 王者ガウェイン選手の猛攻を真っ向から受け止め勝利!! バケツの奥に秘められたのは、何と何と悪魔だったぁ!! 衛兵さぁん! こっちですぅ!!」


 最後に多少の混乱は起きたが、闘技場王者との試合を終えたバティンは満足そうに笑っていた。


「人間の強者と言われる者の強さは理解した。良い勝負であったな王者よ」


 客席で見ていたクレア達は、悪魔騒動を収めるために実況へと説明に走っていた。

 後にコロセスの闘技場では『バケツの悪魔バティン』として語り継がれる事になる。

 当然のように出禁になった。

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