第31話 幽鬼の首領

 エルフの里を出てナーリアの街へ帰るバティン達。

 最初は戦々恐々としていた空の旅も慣れてきたクレアは新しく同行する事になった女神ドゥルガに話し掛ける。


「そういえばドゥルガ様。最初と姿が違いますけど?」

「ああ、この姿は私の本体じゃないのよ。最初のが本体ね。今は写し身って言って仮の姿ね」

「へぇ〜、そうなんですね。じゃあバティンさんも写し身ってやつなんですか?」

「我は我である」

「こいつは本体よ。普通は本体で人間界にくるなんて有り得ないけどね」

「写し身……私は教会のトップですら知らない出来事を今体験しているのでは……」


 夢心地のままのレミエルをよそに、一行はナーリアの街に着く。


 早速冒険者ギルドへ向かおうとするバティンだが、ドゥルガは人間の街にはしゃいでおり、なにかとクレアに話しかけていた。


「ねぇ、クレア! アレは何?」

「あれは、酒場ですね。お酒と食事をとれるお店です」

「ふーん、じゃあっちの赤くて小さいやつは?」

「イーチの実ですね、甘酸っぱくて美味しいですよ」

「へぇー、ねぇ、イーチの実買ってよ!」


 と、言った具合でキョロキョロとあっちに飛んではこっちに飛んでと忙しない。

 妖精の姿をとっている女神、その妖精はエルフ以上に人里に現れないため行き交う人々は珍しい物を見るように注目し非常に目立っている。


「目立ち過ぎであるな。だから我らは嫌だったのだ、羽虫め」

「バティン殿、女神様に失礼ではないか」

「我は悪魔であるぞ、元々相容れぬ存在であるから仕方あるまい」

「……確かに、よく考えたらおかしい事だった」


 言ってるバティンも十分に目立っており、人々に恐怖と嫌悪の目で見られているのだが、それはソレ、これはコレてあった。


 イーチの実をクレアに買ってもらい、両手で抱えながらバティンの肩に止まる。


「人間の街はゴチャゴチャしてて面白いわね。それでどこに行くんだっけ?」

「我の肩に止まるな、羽虫。そして食べるでない、果実の汁が垂れるであろう」

「冒険者ギルドに行くんですよドゥルガ様」

「ドゥルガ様、どうぞ私の肩にお止まり下さい」


 しっしっと蝿を払うように追い立てられたドゥルガはレミエルの肩に止まり、イーチの実を頬張る。

「まぁまぁの味ね」など言う妖精。聖騎士の鎧が少し汚れた。




 冒険者ギルドに来た一行は、受付に依頼の手紙を渡して完了印を貰い、報酬として銀貨1枚が手渡される。

 バティンはその銀貨1枚をニヤりと見つめて、大事そうに異空間へとしまう。


「バティンさん、銀貨1枚に随分嬉しそうですね」

「我が自分で稼いだ物であるからな、記念である。良い経験が出来た」

「何となく分かります。初めての稼ぎは嬉しいですもんね」

「あ、あのぉ……ちょっと宜しいでしょうか……?」


 恐る恐るバティンに声を掛ける受付嬢。

 どうやら、何か用事があるようだ。


「何用だ?」

「ギルド長がバティン様が戻ってきたら呼んで欲しいと……」

「ふむ、良かろう。案内せよ」


 受付嬢に案内され、ギルド長室に入るバティン達。


「来たかい。って妖精かい!? 珍しいね……」

「気にするな、虫だと思って良い。それで何の用で呼び出したのだ?」

「ちょっと! 虫って何よ!」


 ドゥルガが興奮した犬のように吠えているが、バティンは無視。

 ギルド長へ用件を促すように顎でしゃくる。


「ま、まぁ良いさ。アンタみたいな悪魔がいるんだ、世の中には色々あるんだろうさ。ちょっとアンタに伝えておかなきゃ行けない事があってね、来てもらったのさ」


 そう言ってギルド長は続ける。


「アンタ、幽鬼スペクターって知ってるかい? 暗殺者の集団さ」

「ふむ、知っておるが……それは我だけで聞こう」


 そう言って、バティンはクレア達に部屋の外へ行けと促す。

 レミエルは察して、クレアを連れて部屋から出るが、出る時にクレアはバティンに心配そうな目を向けていた。


 クレア達が部屋から出たのを見計らって、続きを聞く。


「それで、その暗殺者がどうしたと言うのだ」

「あぁ、構成員だと思われる奴らがギルドに出入りしててね、どうやらアンタの情報を集めてたみたいなんだよ。

 一応耳に入れておこうと思ってね。心当たりはあるかい?」

「あるぞ。奴らの1人を始末したのでな。しかし、伝言を送ったのだが無視したと言う事か」

「成程ね」


 ギルド長はバティンが言う伝言はよく分からなかったが、1人始末したというなら状況は何となく理解した。


「アイツらは一度受けた依頼は必ず達成するって評判だからね。アンタを殺すって依頼なら1人2人死んだくらいじゃ諦めないさ。

 奴らはしつこいからね、気を付けるんだね」

「態々ご苦労であるな」

「アンタも冒険者だからね、ギルドは冒険者を助ける為にあるのさ」


 ヒッヒッヒと魔女の様に笑うギルド長。

 暗殺者達は諦めていない。それが分かっただけでも重畳であった。


「ギルド長よ、奴らの拠点はわかるか?」

「悪いが知らないね。知っているのはこの国の至る所に拠点があるという事だけさ。ああ、あと1つ知ってることがあるよ」


 そう言ってギルド長は暗殺者達の情報をバティンに渡す。

 その情報は暗殺者集団の頭の情報だった。


「名前はシェディムって言う奴でね、この国の前騎士団長を暗殺し、追っ手の騎士100人を斬殺したっていうイカれた化け物さ。

 噂じゃ時間を止めるって言う話さ、本当かは分からないけどね。

 普通の暗殺者は自分の事を秘匿するもんだがね、こいつは逆に広めているのさそう言った意味もイカれてるね」


 暗殺者シェディム。

 この国で知らぬ者など居ない暗殺者の名前。依頼を受けたならば赤子から国の王まで必ず殺すと言われる危険な男。

 幽鬼スペクターが有名なのはこのシェディムがいるからと言うのが大きい。


「そんな暗殺者だよ。参考になったかい?」

「うむ。まぁ問題あるまい。感謝するぞギルド長よ」

「はっ! アンタ、やっぱり大物だよ。そして悪魔とは思えないほど優しいね。あのお嬢ちゃんを外に出したのは心配させない為だろう?」

「へぇー、そうだったんだ。バティンが優しいとか笑っちゃうわね」


 いつの間にかバティンの肩にドゥルガが座っていた。

 そのドゥルガはバティンを煽るようにニヤニヤと笑っている。


「黙れ。守りの勘定に入れるために貴様にも聞かせたのだ。わかっておろうな?」

「ハイハイ、アタシもクレアは可愛いからね。守ってあげますよ」


 聖騎士レミエルであれば何とかしそうだが、クレアは違う。

 もしバティンが離れている時に狙われたらクレアは身を守れない。そのためのドゥルガ。

 悪魔と女神に守られるクレアは正に鉄壁、誰にも破壊出来ない壁であろう。


 バティンはこの時、暗殺集団を消す事に決めた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る