第2話 虚空より現れるバケツの悪魔

 悪魔が人間界に顕現するには2つの方法がある。

 1つは人間界側からのコンタクト、所謂召喚の儀式や強く悪魔に願う事などを感知して人間界に行く方法。

 もう1つは無理矢理に魔界と人間界を繋ぐ扉を作り行く方法。

 後者については禁忌とされており、その方法を使った悪魔はすぐに粛清されてしまう。


 バティンが取ろうとした方法は後者だったが、それはラウムが必死に止めた。


 よって前者の方法で行く事になるのだが。


「願いの間では我は無理だったぞ?」

「そこは…お任せください」


 願いの間。

 前述した、人間界からのコンタクトを感知する装置が置かれた部屋。

 巨大な空間の中心には赤く輝く宝玉が浮いており、何人かの悪魔が部屋に置かれた椅子に座っている。


 悪魔は定期的に人間界からの願いを聞き入れ、その代償を貰う契約をする。契約が為されると、悪魔が活動する為に必要なエネルギーが宝玉に溜まり魔界へ降り注がれる。それで悪魔は生きて行ける形になっている。


 願いの大きさによって作られる扉が変わり、その種類によって人間界に行ける悪魔のランクに制限がかかる。


 バティンのような大公爵になるとどうやっても扉を通る事が出来ない。溢れ出る魔力に扉が耐えられないのである。


「当主様、この首飾りを」

「ふむ、これは…封魔の首飾りか」

「左様でございます。これは悪魔の力を1000分の1に抑える非常に強力な物です。それとこちらの腕輪も」

「封魔の腕輪か…」

「こちらも首飾りと同様の力を抑える事が出来ます。ですが、それでもまだ足りません。なのでこちらも」

「この兜?のような不細工な物はなんだ?」

「封魔の兜。私が昨日寝ずに作りました」


 バケツをひっくり返したような形に目の所に穴が空いているだけの粗末な物。デザインまで作り込む時間が無かったのだろう。


「我は、これを被るのは…嫌であるな」

「しかし、そうしませんと当主様は扉を通れませんので」

「うぬぬ…」


 仕方なしに、手渡された物を全て装着する。

 客観的に見て、頭おかしい変態に見られてしまいそうな恰好である。


「プッ……失礼しました。良くお似合いでございます」

「馬鹿にしておるな貴様」

「滅相もありません。無茶を仰る当主様の願いを叶えるべく最善を尽くしております」


 このデザインにはどうやら無茶振りに対する仕返しの意味も含まれているようだ。


「当主様、再三申し上げますが、絶対にその装備は外さない事。期限は1年とさせて頂きます。絶対にこれだけは守って下さいね?」

「わかったわかった。心配性であるな、安心するが良い」


 何とかバティンは人間界に行けるだけの力を抑える事が出来た、後は人間界からのコンタクトを待つだけである。




 ―――



「はぁっ…はぁっ…」


 暗い山道を何かから逃げるように走る少女。

 年は15、6歳くらいだろうか、赤い髪をおさげにしており素朴な雰囲気の少女。

 背中には大きな鞄を背負っており、旅人のような服装をしている。


(うぅ…こんな事になるなら冒険者の護衛を雇うんだった…)


 少女は個人で行商をして生計を立てていた。

 今回、山向こうの村まで行き商売をする予定だったのだが…


「グヘヘ、お嬢ちゃん。逃げても無駄だぜぇ」

「早いとこ諦めなぁ。何も痛い事は無いぜ、逆に気持ち良いからよぉギャハハ」


 山賊に襲われていた。追ってきているのは5人。

 捕まればまず間違いなく慰み者になり鞄の中身は取り上げられ、ゆくゆくは奴隷商に売り払われるだろう。


「っ!!」


 少女は暗い山道を走って逃げていた為、足元の木の根に引っ掛かり転んでしまう。

 それを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべながら逃げ道を塞ぐように取り囲む山賊達。


(何で…いつもは別に普通に行き来出来ていたのに…今日に限って)


 実は少し前に山賊や野盗の大規模討伐が行われ、彼らはその討伐部隊から逃げ回りこの山道に根付いたのだった。

 だから、いつもなら安全な山道も危険な場所に変わっていたのだ。


 それなりの商会であればこの情報は入ってきているが、少女は個人での行商のためそんな事は知らずに山へ入ってしまっていた。


「さぁ鬼ごっこは終わりだなぁ」

「お、良く見りゃカワイイ顔してんじゃねぇか。こりゃ当たりだな」

「その鞄にも色々入ってそうだしな、久々の上客だぜ」


(あぁ…私の人生終わりなの…? 神様…誰か…)


 少女は願う。

 たまたま通り掛かりの冒険者が来て欲しい。

 神がいるのであればコイツらに神罰を今すぐに下して欲しい。

 何でも良い、誰でも良い、この状況を打破して欲しい。


「…神様! 悪魔でも良い!! 何でも良いから誰か助けてよぉ!!」

「ギャハハ、残念だなぁ! こんな辺鄙なとこには助けは来ねぇよ」

「そうそう! 神様は俺らの味方だぜ、こんな上玉を寄越してくれたんだからなぁ」

「おぅ、違ぇねえ! 俺達の―――」


 不意に、生温い風が吹く。

 今まで感じた事のない異様な風にその場の全員の動きが止まる。


「なんだぁ? 今の風は気持ち悪ぃ」

「お、おい! アレなんだ!?」


 山賊の1人が数m先の空間が不自然に歪んでいる事に気付く。

 そして、先ほどの異様な風がそちらから吹いている事にも。


 グニャリと歪んだ空間の中心から黒い腕が生える。

 その手は空間を左右に引き裂くように動き、その腕の持ち主が歪みから出てくる。


 現れたのは、背の高い人型の何か。

 背中に蝙蝠に似た翼を持ち、腕や脚には黒く光沢のある鱗。


 皆、息を呑む。

 明らかに人間ではない何かが現れた。

 怪物である。普通なら逃げるべきだ、だが魅入られたように身体が動かない。

 呼吸をするのを忘れる程に、乱入者を注視する。


 1番異様なのは、頭がバケツをひっくり返したような金属を被り、そこから角が生えている所。

 そのバケツ金属の奥からくぐもった声で怪物は言う。


「願ったのはそこの娘か? 我が叶えてやろう」


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