見たい知りたい学びたい〜暇を持て余した悪魔の冒険〜

冷凍みたらし

第1話 そうだ人間界に行こう

「つまらん…暇だ…」


 だだっ広い荒野、薄暗い空、見渡す限り何もない土地に大きな城が建っている。

 その城内の部屋の中で、溜め息と共に呟いた男が居た。


「何か面白い事はないものか…」


 その男は背が高く、整った目鼻に均整の取れた身体つきで一般的に美丈夫な男である。

 ただ、普通と違うのは男の頭には立派な雄牛のような角が生えており、背中には蝙蝠の羽に似た翼、腕や脚は光沢のある鱗で覆われている。その瞳は赤く、歯は獲物を噛みちぎるのに適した鋭利な形をしている。

 まるで、というか悪魔そのものの容貌だった。


 ここは魔界。

 この城はこの辺り一角を統治する悪魔が住む城。

 そんな城の中で頬杖をつき、欠伸をしながら心底暇そうにしている男はこの城の主人である。


 そんな男の部屋の扉が数回叩かれる。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは烏の外見をした性別不明の悪魔。


「当主様、定例会議の時間でありますが…」

「知らぬ、我は不参加である」

「しかし、こう不参加続きではそろそろ不味いのでは無いかと…」

「知らぬと言ったら知らぬ。そもそも我が居ようが居まいが何も変わらぬ」

「…それはそうかも知れませんが」


 ここ魔界では有力な悪魔達により、定期的に会議が開かれている。

 内容は「周りで変わったことはないか?」だの「魔王の進捗状況はどうか?」だの「天界の様子は?」だの、男に取っては非常にどうでも良い事ばかりであり、そもそもこの100年で何か変化があった試しがない。

 そんな会議が一月に一度ある意味が男にはわからない。

 世間話がしたい年寄りの集まりにしか見えなかった。


「とにかく、我は不参加である。ラウム、お前が代理で出席せよ」

「またですか…わかりました」


 ラウムと呼ばれた烏の悪魔は渋々退出する。

 部屋に残った男は相変わらず、頬杖をついたまま羽根ペンを手でクルクルと回して暇そうに呟く。


「はぁ…何か面白い事が起きないものか」



 ―――


 烏の悪魔ラウムは水晶で出来た大きな鏡の前で呪文を唱える。

 そして、その鏡の中へ入っていった。


 白く霞がかった空間に大きめの円卓があり、そこには7名の悪魔が座っていた。

 その内の1人、老人の姿だが両肩から若い男女の顔が生えている所が異常性が高い。その老人の悪魔が口を開く。


「ラウムよ…バティンの小僧はまた不参加か?」

「我が主人は今日も体調が悪く…」

「体調が悪いなどあり得るものか、悪魔で風邪を引いたなど聞いた事がないわい」


 誤魔化しは通用しないようだ。


「まぁ、良い。今日は珍しく変化があったのだがな」

「変化…ですか?」

「そうじゃ。人間界に勇者が現れたそうじゃ」


 勇者。魔王を倒す者。

 ただ、この魔界に侵攻してくるわけではなく人間界に出張している魔王を倒すために女神によって生み出される者。

 その魔王も、この魔界の君主というわけではなく昔からの習わしとして「お前ちょっと行ってこいよ」と言った気楽さで人間界に出張している形のため、魔界にとっては正直どうでも良い部分ではある。


「勇者ですか…100年振りですね。しかし、それが何か?」

「それがのぅ、実は―――」



 ―――


「勇者? そんな者見飽きたわ。天界の女神が魔王に対抗すべく、人間に生み出している者の事だろう? ずっと繰り返している歴史ではないか」

「それがですね、ダンタリオン様が言うには―――」


 会議を終え、勇者の情報を持ち帰ったラウムは主人に報告していた。


「どうやら、異世界から呼び出した勇者だという事らしいのです」

「異世界? ようは他の次元から呼び出したと言うことか?」

「詳細は不明ですが、恐らくは…」


 魔王(派遣)と勇者の闘いは定期的に繰り返されている。

 ラウムの主人であるバティンも、何度も勇者と魔王の闘いを見てきている。が、それも飽きてしまっていた。

 ただ、そこにきて異世界というパワーワードに心が動く。


(ふむ…他の次元から来たということであれば我が知らない知識も知っていよう。中々に興味がそそられるな。

 それに人間界は行った事が無い、良い機会でもある。)


「ですから、次の会議にもその勇者の話題が出る事ですし当主様も出席を…」

「良し! 決めたぞ!」

「え? あ、出席するのですね!? いや、良かった。あの後他の領主様達からお小言を頂きま――

「我は人間界に行くぞ」

「――してってはいぃ!?」


 突然人間界に行くと言う主人に慌てるラウム。

 当主であるバティンは魔界における最高権力者の1人。現在人間界に出張している魔王とは比べ物にならない大物。

 そんなバティンが人間界に顕現するという事は、異世界からきた勇者など些細な事になるほどの衝撃。天界も黙っては居ないだろう。


 対抗して天界から神々が降りてきたとしても、この主人が斃されたりすることは無い。無いが、長い魔界の歴史上、大公爵クラスの悪魔が人間界に行った事などない。前代未聞である。


「い、いや…当主様、冗談ですよね…?」

「冗談? 我は本気だが?」

「いやいや! ダメですって!! 私クラスですら行った事無いのに、当主様クラスが行くなんて聞いた事無いですよ!?」

「ほぉ、では我が一番手という事だな」


 あ、ダメだこの悪魔。ノリノリだ。

 ラウムは悟った、説得は無理。ならばせめて期限と監視を付けなければヤバい。と。

 この当主は奔放な気質をしており、興味のある事や面白そうな事については特に何も考えずに行動する事が多い。長年の経験からラウムは焦る。

 ヘタをすると人間界が消滅する可能性も出てくる。


「では、さっそく行くとしよう」

「い、今からぁ!? お、お待ち下さい! 準備いたしますのでせめて明日に!!」

「準備など要らんのだが…?」

「こっちが必要なんだよぉ!! 良いから今日は大人しく寝て下さいよっ!!!」

「う…うむ。わかった…」


 見た事のない迫力に押され、頷くバティン。


 こうして、魔界から人間界へ悪魔が1人向かう事になった。

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