第14話 特別な魔法


「さてさて。困ったものだの」


 2人の王子が深夜過ぎに王の執務室に呼び出されたのは、アレンの寝室で開かれた密会の5日後のことだった。この部屋にはがかけてあり、外に声が漏れることはない。


「2人の見解は?」


 問われて、まず口を開いたのは王太子ジェラルドだった。


「気味が悪い、それに尽きます」


 言いながら、ジェラルドが王の前にいくつかの書類を並べた。全て、ここ最近の貴族派の動きを調査した結果だ。


「どれだけ探っても、『疑わしい』というだけで明確な証拠が出てこない」


 アレンも王も頷いた。どれだけ巧妙に隠したところで、人間のすること。であれば、必ずどこかに証拠が残るはずだが、それが見つからないのだ。


「それに、彼らは連携しているようで、バラバラに動いているようにも見える。今さらになってチェンバース公爵家が関わっているというのも、腑に落ちない」

「では、魔族が黒幕か?」


 王の問いにはジェラルドもアレンも明確に答えることができなかった。


「それならば、やはり証拠が残るはずです。魔大陸から招聘した学院の教授たちの手を借りて調査していますが、魔法の痕跡すら残されていない」


 ジェラルドが難しい表情で考え込み、王は節くれ立った指で机を打った。


「……敵は、『ヒト』ではない」


 王の言葉に、2人の王子がハッとして顔を上げた。彼らは神話の時代から脈々とその血を受け継いでいた王家の人間だ。その可能性を、他の誰よりも疑っていた。


「可能性の一つだが、本腰を入れて調べる必要があるな」

「はい。敵は一個の人格ではなく神に近いモノであると仮定して、調べ直す必要があります」

「うむ」


 王は一つ頷いてから、2人の王子の顔をじっと見つめた。


「敵の正体がなんであれ、我々のすべきことは何も変わらん。必要以上に恐れるなよ」

「はい」

「それに、わしらには……ご先祖様もついておる」


 そう言って王が引き出しから取り出したのは、蒼い宝石が嵌め込まれた銀製の鍵だった。


 その鍵を見た瞬間、2人の王子が息を呑んだ。それが何なのかを、彼らは知っているのだ。


 ルズベリー王国を治めるシェリンガム王家には、様々な魔法が受け継がれてきた。アレンがジリアンに贈った『王様の指輪』のようなささやかな願いを叶える魔法から、国家を揺るがすような強力な魔法まで。

 それらは王立図書館に収められている禁書に載っているものもあれば、口伝でのみ継承してきたもの、道具によって伝えられてきたものもある。王の執務室にかけられている特別な魔法も、その一つだ。


 その内のいくつかは、『鍵』がなければ使うことすらできない。


「これが……」


 机に置かれた鈍く光る鍵を前に、アレンは足が竦む思いだった。この鍵を手にすれば、一瞬にして魔大陸を更地にすることも叶う。人智を超えた力であるが故に戦争にだけは利用しないよう、この『鍵』を使用することは最大の禁忌として王家に伝えられてきた。


「アレン、そなたに預ける」

「え?」


 アレンの肩が大きく揺れた。


「いつ、必要になるかわからん」

「しかし……」

「ジェラルドは王太子だ。どこまでいっても、国のための決断を捨て去ることはできないだろう」


 改めて『鍵』を手に取った王が、それをアレンの手に握らせる。


「お前は、どんな時でも『ヒト』の未来のために決断せよ。そのために、これを預ける」

「……はい」


 『鍵』の重みにアレンの身体が震えた。その肩を、ジェラルドがバシンと大げさな音を立てて叩く。


「そんなに深刻になるなよ。……お前には、ジリアン嬢がついてるだろ」


 ジリアンの名を聞いた途端、アレンの震えが止まった。その事実に驚くアレンをよそに、ジェラルドは声を立てて笑ったのだった。





 * * *





「さて。予想していたことではあるが、まさかジリアン嬢クイーンをあちらに連れ去られるとは思ってもいなかったな」


 皇帝の飄々としたセリフに、マクリーン侯爵の眉が釣り上がった。そのジリアンの身体はソファに横たえられ、真っ青な顔ではあるが穏やかな寝息を立てている。


「必ずお守りいただけると、そういうお約束だったはずですが?」

「そう睨むな。あの場に誰がいたところで、守ることは不可能だったよ。オセの小僧は、『死者の国』から滅びたはずの悪魔族の能力すら引き出している」

「それが、『バティン』ですか?」


 テオバルトの問いに、皇帝が頷いた。


「そうだ。奴は、精霊の魔法、古の魔法である『仮面ペルソナ』の魔法、さらに『死者の国』から引き出した死人しびとの魔法を操っていることになる」

「それほどの魔法を、ヒトの身で扱えるものですか?」

「無理だ。『黒い魔法石リトゥリートゥス』で魔力を底上げしたところで、到底足りるものではない。……だが、奴は『オセ』だ。特別なのだろう」


 皇帝の言葉に、誰もが首を傾げた。


の存在、それが『ヴィネ』と『オセ』だ」


 これに頷いたのは、マントイフェル教授だった。


「ジリアン・マクリーンとハワード・キーツ。彼らの血統ルーツにこそ、ヒトが生き残るためのヒントが隠されている」

「ふむ。だが、その話は後だな」


 皇帝が言った。

 その視線の先で、深い眠りについていたはずのジリアンの身体に変化が起こっていた。呼吸が荒くなり、額を滝のような汗が流れている。その苦しそうな様子に、思わず駆け寄ったアレンはジリアンの手をぎゅっと握りしめた。


「彼女の魂に何かが起こっているな。迎えを急いだ方が良い」


 マントイフェル教授が言うと同時に、床に描かれた魔法陣が再び光った。そこに現れたのは、ジリアンの血縁上の父であるモーガン・オニールだった。その傍らには、肩で息をする護衛騎士のノアが付き添っている。彼が大急ぎでオニール氏を引っ張ってきたのだ。


「来たか」


 皇帝に手招きされて、ノアが引きずるようにしてオニール氏をジリアンの傍らに立たせた。その隣では、マントイフェル教授が羊皮紙を広げて、手早く魔法陣を描き始める。


「道は血によって開かれる。あとは誰が迎えに行くか、だが」

「俺が行く」


 間髪入れずに声を上げたのはアレンだった。


「……帰ってこられる保証はない。いいのか?」


 マントイフェル教授の問いは、王に向けられたものだ。王子自ら死地に赴くことになるが、それでもいのかと問うている。これには、王は苦笑いで答えた。


「ダメだと言っても聞かんよ。わしに似て、頑固じゃからな」

「いや、やはり私が」


 声を上げたマクリーン侯爵を遮ったのは、マントイフェル教授だった。


「どちらでも構わんが、アレン王子が行った方が確実だ。必ず連れて帰るという強い意思がなければ、狭間をさまようことになりかねん」

「それなら……」


 さらに言い募ろうとする侯爵に、マントイフェル教授が渋い顔で首を横に振る。


「親子の絆と、恋人同士の情愛というのは似て非なるものだ。どちらが優れているという話ではなく、この魔法には情愛の方が向いている」


 ここまで言われてしまっては、マクリーン侯爵も言い返せなかった。何よりもジリアンの身体はさらに苦しそうな様子を見せていて、時間がないと訴えてくる。


「頼みます、王子」

「必ず、連れて帰ります」


 アレンがオニール氏の隣に立つ。オニール氏は、相変わらず憮然とした表情のまま、黙り込んでいる。


「では」


 マントイフェル教授が魔力を込めると同時に、アレンの視界が黒く染まった。





 ──ドプン。


 まるで沼の底に沈んでいくかのような感覚がアレンの身体を襲う。次いでアレンの右腕を誰かが引くのが分かった。


「こっちだ」


 オニール氏だ。アレンの右腕を掴み、泳ぐようにして前に進む。その進む方向にアレンが目を向けると、何かがチラチラと光っているのが見えた。


「あれは?」

「ジリアンだ」


 オニール氏の進む速度が速くなる。


「どうして……?」


 アレンは思わず問いかけた。オニール氏が必死になってジリアンの方へ進もうとしている。その理由が、わからないのだ。


「私の意思じゃない。貴様の意思と、『ヴィネ』の血とやらがそうされるだけだ」


 オニール氏が、呟くように言った。まるで、自分に言い聞かせるような声音だった。アレンはそれ以上問いかけることはできず、2人はただ黙々と前に進み続けた。


 2人は泳ぐように進み、そしてその光のすぐ側までたどり着いた。腕を伸ばせば届く距離まで。


(ジリアン……!)


 アレンが心の中で叫んだ。


 その瞬間、蒼い光が迸った。思わず固く目をつむると、蒼い光はすぐに消え失せて。代わりにアレンの視界に現れたのは、懐かしい情景だった。





 ヤドリギの下で、たった一人で眠りにつこうとしていた。あの夜のジリアンがいた──。

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