第15話 新しい時代
「わあ、すごい人ね」
馬車のまま門をくぐると、前庭には大勢の人があふれていた。女子も男子も、真新しい制服を着てそわそわと歩いている。
女子は
男子も女子と同じく濃紺のジャケット。こちらは
女子、男子ともにリボンとネクタイは自由なので、各々が選んだものを着用し、華を添えている。
ジリアンはドレスと同色のリボンを選んだ。ただし、侯爵が選んだ最高級のレースで
「私、大丈夫かしら?」
ジリアンは、少しだけ不安になった。
オリヴィアの手によって入念に準備されたとはいえ、あの中に入っていっても馴染めるだろうか、と心配になったのだ。
「もちろん。お嬢様が一番ですよ」
ノアが答えてくれるが、その言葉は信用できないとジリアンは思っている。
この手の質問には、絶対にこう答えるのだ。ちなみに、屋敷に勤める他の使用人も騎士も同様だ。
「はあ」
ジリアンは、ため息を吐いた。
(ぜんぜん参考にならないじゃない)
身内に聞いても意味がないということに、とっくに気づいてはいたが。
「……おかしくないなら、それでいいわ」
「問題ございませんとも」
ノアがニコリと笑うと同時に、馬車が止まった。
「さあ参りましょう」
先に降りたノアに手を取られて、馬車から降りる。
すると、先ほどまでザワザワと騒がしかった周囲が、しんと静まり返っているのがわかった。
「……やっぱり、私おかしい?」
「そうではありませんよ」
「でも……」
「みなさん、お嬢様があまりにも美しいので驚いているのでしょう」
「まさか」
ジリアンの
「……それと、馬車には侯爵家の
「ああ、なるほど」
それなら、とジリアンは納得した。英雄であるクリフォード・マクリーン侯爵の身内ということで、注目を集めたのだろう。少し誇らしい気持ちになって、ジリアンは胸を張った。
「ジリアン!」
そんなジリアンに声をかけたのは、彼女の唯一の友人だった。
「アレン!」
旅の途中で出会い、最後まで一緒に歩いてくれた少年・アレンである。彼とは
「悪かったな。会いに行けなくて」
ジリアンが
すっかり背が伸びて少年ではなく青年へと成長したアレンの姿に、ジリアンはしばし
「そんなに見るなよ」
「あ、ごめん」
「……
「……うん」
「ゴホン!」
二人の微妙な空気を壊したのは、わざとらしい
「失礼」
ノアが、二人の間に割って入る。
「おい」
「旦那様から、
「厳命?」
「はい」
「ねえ、ノア」
「お嬢様も、旦那様の言いつけをお守りください」
「言いつけって……」
まさか、今朝のアレのことを言っているのだろうか。
「男子生徒と目を合わせてはなりません。微笑みかけるなど、もってのほかでございます」
「でも、アレンは友達だし……」
以前は、普通に遊んでいた仲だ。
「お嬢様も社交界に出る年齢になったのです。節度をお持ちください」
「……はい」
こう言われてしまっては仕方がない。ジリアンとアレンは、ノアを挟んで目を合わせないように気をつけながら話をするしかなかった。
「アレンは忙しいの?」
「まあまあだな」
詳しくは教えられていないが、彼は父親の仕事を手伝っているらしい。
「でも、アレンまで入学するなんて。手紙で知って驚いたわ。大学はいいの?」
「早期卒業できたんだ。俺、優秀だから」
「すごいね」
「そう。俺はすごいんだ」
ジリアンよりも2歳年上のアレン。彼はパブリック・スクール卒業後に大学に進学した。ところが、三日前に受け取った手紙に『ジリアンの同期として王立魔法学院に入学する』と書かれていたのだ。こういう事情だったらしい。
「他にもそういう方がいらっしゃるの?」
「いるよ。こっちで大学の単位も取れるから、編入するって奴もいる」
「そうなのね」
「それだけ、生徒集めには神経を使ってるってことだ」
王立魔法学院には入学試験がない。
「今年は、ジェントリや平民からの新入生が多いらしい」
──ジェントリ。いわゆる、中流階級のことだ。
「アレンが言ってた通りになったね」
「俺?」
「うん。『これから、そういう人間が表に出てくる時代がくるよ』って言ってたじゃない」
「ああ、そういえば」
旅の途中でアレンが話していた通り、時代は大きく動いている。
ジリアンと同じような魔法を使う人が現れたのだ。彼らは貴族とは違った。魔法を労働に使うことを、
「時代が変わってるんだね」
「ああ。そのための、
現在も研究の途上ではあるが、ある程度の整理ができたところで登場したのが、この王立魔法学院だ。6年前に設立され、生徒の受け入れが始まったのが2年前。ジリアンとアレンは3期生になる。
「一番の目的は、魔法研究の推進とその集約、だっけ?」
「その通り。魔法に関する新たな発見があった場合には、
「その一環が、教育ってことね」
「生徒を集めるのは、それだけが目的じゃないけどな」
「うん。新しい魔法使いの、管理だね」
「そうだ」
未知の力を持つ国民を野放しにすることはできない。そこで、生徒として集めることで管理しようというのである。
王立魔法学院は、教育機関であると同時に研究機関であり、政治色の濃い場所なのだ。
「旧来の貴族らしい魔法しか使わない生徒も多い。……今年は荒れるぞ」
こういう状況ではあるが、これまで功績のあった貴族を
この流れを嫌う貴族もいるが、時代の流れがそれを許さない。新しい魔法が使えない家門は、廃れていくのが目に見えているからだ。
ジリアンたちは、微妙なバランスの中で学ぶことになるのだ。
「なんだか、不安になってきた」
「お前なら大丈夫さ」
「そうかな?」
「俺がついてる」
「うん。頼りにしてるね、特別な友達くん」
「おう」
そんな話をしているうちに、二人は目的地に到着した。
講堂だ。
ノアが扉を開くと、中の生徒たちが一斉にジリアンとアレンを見た。
その眼差しには、好意的なものなど一切ない。ビリビリと肌がひりついていく。
「さあ、
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