第11話 子どもだから


 ゆっくり丁寧に封を開ける。いつもどおりの、用件だけの短い手紙だ。


怪我けがをしないように気をつけなさい。困ったことがあれば、すぐ近くにノア・ロイドがいるので頼りなさい』


 やはり、旅を続けることは許してくれるらしい。


『君を不安にさせたことは申し訳ない。私は君を捨てるようなつもりは微塵みじんもない。何故そんなことを思ったのか、教えてくれないだろうか』


 ジリアンは短い文章を読み返した。何度も何度も。


「なんて書いてあった?」

「なんで不安なのか、教えて欲しいって」

「よかったじゃん」

「うん」


 笑顔がこぼれた。





 ジリアンは一人になってから、返事を書いた。


『お返事ありがとうございます。怪我をしないように気をつけます』


 ここまで書いてから、ふとオリヴィアが言っていたことを思い出した。

 侯爵への手紙に何を書けばいいのか悩んでいたジリアンに言ってくれたこと。『なんでもいいんですよ。読まれた本の内容とか、お散歩で見た花が美しかったこととか』と。

 改めて、ジリアンは便箋に向き合った。


『昨夜はヤドリギの下でアレンと一緒に眠りました。私の話をたくさん聞いてくれて、嬉しかったです。友達になれるといいな、って思います』


 アレンと一緒に眠ったことも、話をしたことも侯爵は知っているだろうけれど。それでも書いてみた。こんなことで嫌われたりしないと、もう分かっているから。

 最後に、本題。


『私は侯爵様の娘として、役立たずではありませんか? それが不安です』


 書き終わった手紙を何度か読み返してから、便箋に入れて封をした。





 翌朝。手紙を飛ばしてから出発した。今日もジリアンとアレンの二人で並んで歩く。


「昨日のこと、考えてみたんだ」


 昨日、途中になってしまっていた話の続きを切り出したのはアレンだった。


「魔法のこと?」

「そう」

「私の魔法のこと、わかったの?」

「いや。わかんない」


 アレンは、あっけらかんと言い放った。


「やっぱり、お前と同じような魔法を使う人を俺は知らない。だから、わかんない」

「そうなんだ」

「ただし、表には出て来てないだけで本当はいるのかもしれない」

「どういうこと?」

「魔法は貴族の特権。人の手でできることに魔法は使わない」


 ロイド氏が言っていたのと同じだ。


「それが貴族の矜持プライドだ」

「それがどうしたの?」

「お前みたいに、家の仕事なんかに魔法を使っている人間がいたとしても、それを外に吹聴ふいちょうすることはないってことだ。恥だから」

「恥……」

「だから、本当はいるんだと思う。お前みたいな魔法が使える人間が」


 なるほど、と納得したジリアンだった。だから、男爵はジリアンを隠していたのだ。魔法使用者登記レジストレーションをせずに。魔法を仕事に使うことは恥だから。


「これから、そういう人間が表舞台に出てくる時代がくるよ」

「どうして?」

「戦争が終わったから」


 よくわからなくて、ジリアンは首を傾げた。


「これまでは魔法は強力な武器だった。だから王族と貴族は大きな顔ができたんだ。魔法を使って国民のために戦ってたから」

「うん」

「でも、戦争が終わったから武器としての魔法はお役御免やくごめんだ」

「つまり?」

「時代が変わるんだよ。魔法に武器以外の価値を見出せなければ、王族も貴族もいずれすたれる」


 ジリアンは再び首を傾げた。アレンもジリアンと同じくらいの歳なのに、難しいことばかりを話している。貴族の子供とは本来はこういうものなのだろうか、とジリアンは思った。


「魔族と講和条約を結んだから、魔導書なんかも魔大陸からどんどん入って来てるし。あっちの方が魔法のレベルが高いんだ」

「そうなんだ」

「そうだよ。これから、魔法の研究がどんどん進む」


 アレンの頬が赤く染まっている。


「時代が変わるんだよ!」


 興奮しているのだ。新しい時代の、到来に。


「……すごいね」

「ああ」


 ジリアンは、恥ずかしくなって俯いてしまった。


(アレンは難しいこともいっぱい知ってて、時代とか、そういうことも考えてる。でも、私は……)


 自分のことばかりを考えている。自分のことすら理解できず、自分のことすら満足に制御できない。


「……お前は、そのままでいいよ」

「え?」


 アレンが、そんなジリアンの顔を覗き込んだ。


「子どもなんだから」


 ジリアンは、石で頭をガツンと殴られたような気分だった。

 『そのままでいい』

 それはつまり、無知でもいい、考えなしでもいい、役立たずでもいい。

 そう、言われたのだ。

 しかも、アレンは笑っている。つまり、これは悪いことではないらしい。


 役立たずであることは、悪いことではない。


 ジリアンには、その発想が全くなかった。





 その夜、再び侯爵からの手紙が届いた。


「2通ある」

「2通?」

「こっちは、アレン宛てだわ」

「俺?」

「うん」


 アレンに手紙を手渡すと、すぐに開封して読み始めた。ジリアンもそれにならう。


『話し相手がいるようで安心したが、子供とはいえ相手が男性であることを忘れないように』


 書き出しの一文には、首を傾げることしかできなかった。


(アレンが男の子だって、忘れたりしないけど?)


『君は子どもだ。本来、誰かの役に立つ必要はない。それを言うならば、私は君の役に立てているだろうか?』


(侯爵様が、私の役に立つ……?)


 考えてもみなかったことだった。


「……ねえ、アレン」

「なに?」

「私って、子ども?」

「どっからどう見ても、立派な子どもだ」

「私、役立たずでもいいの?」

「変なこと言うなよ。子どもなんて役に立つどころか、親に手をかけさせるのが仕事だろ?」

「親に手をかけさせる?」

「そうだよ。わがまま言ったり、困らせたり、慰められたり」

「アレンも?」

「俺は、そういうのは卒業した」

「卒業?」

「もう十分してもらったってこと」


 その言葉にアレンの従者の一人が噴き出したようだったが、ジリアンにはそれに構う余裕はなかった。

 何かが、分かりかけているから。


「私、そんなのしてもらったことない」

「うん」

「わがまま言っちゃダメだって、困らせちゃダメだって……」

「でも、これからは違うだろ?」

「これから?」

「侯爵は、わがままをダメだって言ったりしないだろ?」


 その通りだ。

 旅を続けたいと言った、そのわがままを許してくれた。それどころか、今もジリアンを見守ってくれている。


(早く、首都ハンプソムに行かなきゃ)


 侯爵に会って伝えなければ。


 きちんと、言葉にして──。

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