第12話 ただいま、お父様
ジリアンとアレンが
二人はそれらを素通りして、とにかく街の中心に向かっている。珍しい街並みを眺めたい気持ちもあったが、今はとにかく身体を休めたかった。
「結局、最後まで歩いたな」
「うん」
「疲れた」
「だったら、なんで一緒に歩いたのよ」
アレンの言いように、ジリアンは唇を尖らせた。
「そりゃあ、友達だから」
「……友達?」
「……違うのかよ」
今度はアレンが唇を尖らせる。
「ううん。……そうだったらいいなって、思ってた」
「今更だろ。ひと月も一緒にいたら、普通は友達だ」
「そっか」
「おう」
今度は、二人でモジモジしながら歩いた。
「私、友達って初めて」
「俺も」
「そうなの?」
「意外か?」
「うん。友達たくさんいそう」
「友達なんてつくる機会がなかったからな。周りは大人ばっかりだった」
「私も」
「じゃあ、俺たちは特別な友達だな」
「特別な友達?」
「そうだろ?」
「うん……!」
ジリアンは胸の高鳴りを抑えられなかった。友達ができた。そして旅も無事に終わる。なにより。
(もうすぐ、侯爵様に会える……!)
旅の間、毎日のように侯爵と手紙のやりとりをした。
顔が見えないからだろうか、ジリアンは自分の素直な気持ちを伝えることができた。
『働くことは好き。働いてないと不安になっちゃう』
でも、本当は。
『外で遊びまわる村の子供たちが
あの日、侯爵に救い出されて嬉しかった。けれど。
『自分がそれに見合う人間になれるのか、ずっとずっと不安です』
侯爵も、たくさんの気持ちを手紙に綴ってくれた。
『どうして私を引き取ってくれたんですか?』
『同情と打算だ。君の魔法の才能を見込んで、私の後継者にと考えた』
『侯爵様は、結婚はしないんですか?』
『私にも妻と子どもがいた。子どもが生まれてすぐに、二人とも病気で亡くなったんだ。15年前のことだ。私は戦場にいて、
『再婚はしないんですか?』
『今でも妻を愛している。他の女性を妻にすることは考えたこともない』
『私は、亡くなったお子さんの代わりですか?』
『あるいは、そうかもしれない。あの子にしてやれなかったことを、代わりに君にしてあげたいと思っている』
『あの子にしてあげられなかったこと?』
『私の愛情の全てを注いで大切に育てること。そして、いつか私の元から
侯爵は、ジリアンの質問に
『誰かの役に立とうと思ったり、自分の力を証明したりするのは、もっとずっと先でいい。私はただ、君に当たり前の子供時代を過ごしてもらいたい』
侯爵からもらった手紙は、
ジリアンは手紙の入った袋をぎゅっと握りしめた。あと数十歩で、侯爵のタウンハウスにたどり着く。
「お嬢様!」
不意に、その門の方から声が上がった。
「お嬢様! お嬢様!」
オリヴィアだ。泣きながらこちらに駆けてくる。
「お嬢様!」
ジリアンのもとまで一気に駆けて来たオリヴィアが、その身体をぎゅっと抱きしめた。
「お怪我はありませんか? お腹は空いていませんか?」
「大丈夫」
「お顔を見せてください。……ああ、お嬢様!」
ジリアンの顔をまじまじと見つめたオリヴィアは、再びジリアンを抱きしめてわんわんと泣き始めてしまった。
「心配かけてごめんなさい」
「いいえ、いいえ。いいんです。……ご立派でしたよ、お嬢様」
つられてジリアンの目尻にも涙が浮かんだ。何と言えばいいのかわからなくて、ジリアンもオリヴィアの体にぎゅっと抱きついた。
「まずは屋敷に入りましょう」
声をかけてくれたのは、いつの間にか隣に立っていたロイド氏だ。ずっとジリアンを見守ってくれていた人。ジリアンの願いを
「はい」
ロイド氏がジリアンとオリヴィアを促した。
もう、ジリアンを抱き上げようとはしなかった。
「お帰りなさいませ」
門の中には、屋敷中の使用人が集まっていた。口々にジリアンに声をかけてくれる。
「ご無事で何よりです」
「今夜はごちそうを作ってありますよ」
「お菓子もたくさんあります」
「まずは温かいお茶はいかがですか?」
「お風呂には
門から玄関に向かう小道には、バラのアーチが続いていた。秋咲きの鮮やかな色味のバラが咲き誇っている。
「もう、秋なんだね」
「そうだな」
その庭の入り口で、アレンが立ち止まった。
「じゃあな」
「え?」
「え、ってなんだよ」
「だって……」
「俺も家に帰るよ」
「そっか」
「……またすぐ、会いにくる」
「ほんと?」
「ほんと。友達だろ?」
「約束?」
「約束だ」
アレンが、ジリアンの右手をとった。そのまま、その指先に優しく口付ける。
「ア、アレン!」
「ただの挨拶だろ?」
「でも!」
みんなが見ているのに、と続くはずだった言葉は、大きな手のひらに遮られてしまった。
「気安く触るな」
マクリーン侯爵だ。
アレンに握られていたジリアンの手をとり、そのままくるりと自分の背の後ろに隠してしまった。
「これはこれはマクリーン侯爵閣下、失礼いたしました」
「……」
侯爵は何も答えなかった。
「じゃあな、ジリアン」
「うん。またね」
ジリアンが侯爵の後ろから顔を
「……ずいぶん、仲良くなったんだな」
「はい。特別な友達です」
「……そうか」
それっきり、侯爵は黙り込んでしまった。
その様子を見ている使用人たちの肩が震えている。
(どうしたのかしら)
「ジリアン」
「はい」
「旅はどうだった?」
「楽しかったです」
「そうか。ならよかった」
「……はい!」
侯爵がジリアンの手を引く。けれど、ジリアンは立ち止まったまま動かなかった。
「どうした?」
ジリアンはごくりと喉を鳴らした。
(言わなきゃ。でも、大丈夫かな……)
嫌われるかもしれない、という不安は簡単には拭い去れない。顔を見て話せばなおさらだ。
それでも。
(勇気を出すのよ、ジリアン!)
「ただいま帰りました。……お父様」
侯爵の目が大きく見開かれた。次いで、その目尻にくしゃりと
「おかえり、ジリアン」
甘い甘いトフィーのような瞳が、ジリアンを見つめる。
ジリアンは、思わずその身体に飛びついた。侯爵は軽々とジリアンを抱き上げて、その小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
「頑張ったな」
「はい」
「
「はい」
「立派だ」
「はい」
「君は、きっと人の役に立つ大人になる」
「はい」
ジリアンの瞳から涙があふれた。声を上げるのも我慢できなかった。
わんわんと子供のように泣き始めたジリアンを、誰もが優しく見守ってくれていた。
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