第57話 ついにアレを使うのか?

「背中、流しますか?」

「いえ、自分で洗います」


 日向ひなたと二人でお風呂です。

 はい、全くドキドキしません。俺は恥ずかしいのだけど、彼女が全く恥ずかしがってない。


 何これ?


 俺は洗い場に座って、タオルを広げて股間を隠す。それから髪の毛を洗う。

 彼女は掛け湯だけして、湯船に入る。

 俺が座っている真横で、こちらを見ている。湯船の縁に腕を置いて、顔をその上にのせていた。


 無表情のままかぶりつきで見てくる。

 恥ずかしい、いや、怖い怖い。


 シャンプーを流すときに、わざとお湯を跳ねさせて、彼女の顔に飛ばす。

 彼女は慌てて顔を離し、目をパチパチさせる。

 でも、すぐにもとの姿勢に戻して、無表情のままこっちを見てくる。




 体を洗い終わって、湯船に浸かる。

 タオルを湯船の外に置く。湯船に入るときも、ずっと目で追ってきた。特に下の方。


 狭い湯船に向かい合って浸かる。

 彼女はずっと湯の中を見ている。無表情のまま。


 俺は股間に手を置いて隠した。


 やっと彼女は、視線を動かして俺の顔を見た。


 しばらくは二人とも黙っていたが、俺は視線を彼女から外す。だって恥ずかしいんだもの。


「はい」彼女は両手を、手のひらを上にして差し出す。「手をつないでください」


 俺は少しためらってから、両手を湯から上げる。そして彼女の手をとる。

 向かい合って両手をつなぐ。


 彼女は再び視線を下に向けた。


「日向?」

「見てません」

 あ、はい。


 しばらく無言のまま。


「さわってもいいですか?」

「体洗えば?」


 また、しばらく無言。


「ちょっとだけ」

「体洗いなよ」


 3度目の無言時間。


「 」

「体も洗わない人と、一緒に寝たくないなぁ」彼女が、頭の悪いことを言う前に、冗談めかして煽ってみる。

「洗います」彼女は手を離して、湯船から出た。


 俺は聞こえないようにため息をついて、天井を見上げる。

 疲れる。


 俺は目を閉じた。




 お風呂から上がり、彼女はドライヤーで髪の毛を乾かしている。

 二人ともお揃いのパジャマに着替えていた。

 ちなみに、二人で一緒にお風呂から出て、二人一緒に脱衣場でパジャマを着た。

 服を着る間、彼女はずっと俺の方を向いていたが、俺は彼女に背を向けていた。


 彼女が髪を乾かせている間、俺は今回の劇のシナリオを読み直していた。市民劇団の方。


 9月の終わりにある、文化祭用のシナリオも上がっている。2本あって、1本は俺の脚本。

 文化祭は2本芝居をうつ。

 2本も演って大丈夫か?

 2本する理由は、「脚本家が二人いるから」と座長が説明した。

 誰も反対しなかった。基本、座長の言うことに反対する部員はいない。


 二人の脚本家とは、座長と俺だ。

 書かせてくれるらしい。


 反対する理由は無いね。




 髪の毛を乾かし終えた彼女が、俺の膝を枕に寝転がった。そして、両手を俺の腰に回して抱きつく。

 彼女は顔を俺の腹に、あるいは股間に埋める。


 おい。


「今日は一緒に寝てくれるのですよね?」


 言ったかな?

 言ったな。風呂に入っているときに。


「そうだね」

 どうせ今日は、彼女の方からベッドに誘うのだろ? そして、どうせ俺は断れない。


 一緒の布団で寝るの初めてだね。


「お盆は空いてますか?」彼女は違う話を始めた。

「どうして?」俺はシナリオから目を外して、彼女を見る。

 俺の股間に埋めていて、顔が見えない。


「実家に来ませんか?」

「ん?」

「祭りがあります」

 そうなんだ。

「父に会ってください」


 お盆に父親に会って欲しいね。なるほどね。

「お母さんは?」一応尋ねた。

「あ、母はいます」

「会わないの?」

「あ、会ってきますか?」

「うん」

「では泊まりで良いですか?」

「いつ?」


 地方によっては、お盆の時期が違うから、確認した。

 1日だけ練習を休めばよいか。


 彼女の話しはわかりにくい。はっきりと言いたくないから、わかりにくい会話になる。

 まだ向き合えていないのか。




「そろそろ寝ますか?」彼女は顔を上げて俺を見る。

「まだ、早くない?」

「ほんとに寝るわけではないですから」

 えー、どういう意味かなー?


 彼女は起き上がると、ベッドの枕元に色々置いた。前に箱だけ開けて、一個も使ったこと無いゴムでできたアレとか、ティッシュの箱とか。


 俺の脚本のブラッシュアップもしたかったかな。



 彼女は枕電気を点ける。布団に入って、隣を開ける。「電気消して」


 あ、電気って言った。


 俺は明かりを消して、彼女の隣に入る。そして肘を支えに上体を浮かせて、彼女の顔を覗きこむ。

 彼女は布団の端を両手でつまんで、顔まで引き上げ、口元を隠す。

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに俺を見上げる。


 あざとい。そして可愛い。


 俺は彼女に優しく微笑みかける。


 彼女は嬉しそう。顔が上気して、期待に満ちた目がランランと輝く。呼吸も荒くなっている。


 いや、怖いわ。


 彼女の頭を、空いた方の手でナデナデする。

 彼女は気持ち良さそうに目を閉じた。


「お休み」俺は声をかけて、枕電気を消し、彼女に背を向けて寝る。

「え?」背中で、困惑した声が聞こえる。

「疲れたから寝るね」

「ええー?」彼女の手が俺の肩に触れる。

「僕の睡眠を邪魔したら、もうお泊まりしない」


「ふぇえ???」


 面白い声も出せるんだ。


 日向がちゃんと向き合うなら、側にいるよ。

 ちゃんと彼氏してるよね。



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