第13話 陰謀とその始まり
「僕は、お前に、婚約破棄を申し付ける、この不貞の輩め!」
足早に現場の方に向かっていたらそんな声まで聞こえてきた。
殿下、頭大丈夫? と聖女様がいたわるように声をかけながら、実は軽く罵っているのがよく分かる。
相変わらず、口の悪い御方だ。
「……お前と一緒にだと、勘弁しろ。僕よりも、あのレゾンド伯爵家の後継ぎ、トマスを将来の伴侶にしようと画策しているお前と? 悪い冗談だ!」
レゾンド伯爵? そんな貴族はどこにもいないぞ。
この三王国をまたいで留学した俺ですら、記憶の片鱗にもその名は残っていない。
信徒を多く抱える女神教の主ともなれば、そのなかに名を残す高位貴族のことくらい、知っているだろう。
あの御方は口に似合わず、頭脳は明晰だ。
男運は悪いようだが。
不貞、不貞と押し問答が続き、
「こんな発言はあなたからしてみればその場しのぎの嘘と映るかもしれませんが。私は、先ほど名前の上がったトマス様とは、面識もなければその存在すらも耳にしたことがありません」
と、とうとう聖女が断言した。
こうなってくると周りで見ている方は面白い。
その一部始終を最初から拝みたいくらいだ。
さて、この後はどうなる、と朝焼けに染まる雲を見上げていたら、なにやら黒雲が王宮の上に集まり出した。
「簡単なことですわ。王命として、殿下と私の婚約破棄を成立させるのならば。神殿の最高責任者として、女神様の代理人として、王族と女神教の婚約も破棄させていただきます」
おお、すげーな。
女神教と王族との国交断絶宣言だ。
いや、縁戚関係を破棄するって方が正しいか。
なんだか空の雲行きが怪しくなっていて、それが気になって仕方ない。
もしかして‥‥‥女神様もお怒りなんじゃないのか、これ。
そう思ってしまうほどだ
パリッ、パリっと瞬間的に雷が、雲の中を走った気がする。
空気もいつの間にやら湿り気を帯びてきた。
これは、一雨くるか?
様子を見るべきか、それとも? と廊下の柱からそれを観測する。
天気と‥‥‥婚約破棄現場、をだ。
「あなたから申し出られたのですから、こちらとしては喜んでお受けいたします。婚約破棄? ええ、結構ですね。あいにくと私は浮気相手とあなたが言われたトマス様も。あなたの意中の女性も存じ上げませんが、お二人の今後を聖女として祝福いたします。ああそれから、この決定はもう覆りませんので。よろしくどうぞ」
ついに最後通告。
いや、もうさよなら宣言。
これで王族は一貫の終わり。
もう王国においても、国内外でも、大きな顔はできなくなる。
「せっかく同盟を結んだのになあ……」
これは参った、とアレクセイは目元まで垂れて来た前髪をうしろに手で撫でつけて、そうぼやいた。
彼の真紅の瞳は、聖女と王太子の周囲を、余念なく観察する。
周りの反応、そこにいる人たちの人種、誰がなにを考え、どうやってこの珍事を外に伝えようとするのか。
そんなところを、じっと見つめて推測する。
廊下は細長くて一本道だ。
幅は大人が横に十人は並んで歩けるほどに広い。
集まっている人数は、野次馬を含めて四十足らず。
もちろんそのうちには、アレクセイも含まれている。
聖女と王太子、その付き人と神殿騎士に近衛衛士たちの間には、緊迫が流れている。
自分と同じく武官の衣装を身にした者が半分、文官はこんなに朝早くは登城しない。
王宮内に住み込みで働いている侍女たちが残りの半分と‥‥‥この国風の衣装ではない男たちが数人。
後は多分下働きのものたちがたくさん。
最初は数を数えていたが、途中から増えすぎたので数えるのやめた。
まあ、怪しいと思われる連中はやっぱりそこかしこに散らばっている。
外交で訪れた者が歩き回るにしても、やはり早い時間だ。
それにここは王宮の最奥。
ある一定の許された者しか立ち入ることのできない場所だ。
「王太子の犬、か‥‥‥」
同じく負け犬が吠えた。
「決定が覆らないとはどういう意味だ!」
「意味が通じませんでしたか、愚かな元婚約者様。女神様は私のご友人。哀れな聖女の味方をしても、友人を裏切るような男には興味がないとおっしゃっておりますので。その男の親族や家族にももう用はないとおっしゃっておりましたから」
「はあっ!? 一体どのようにして女神様の確認を取ったというのだ? 嘘を吐くのもいい加減にしろ!」
嘘吐きはお前だろうが、ラスティオル殿下。
男のくせに往生際が悪いんだよ。
捨てられたんだと理解して、さっさと身を引けばいいのに‥‥‥。
同性として、彼の見苦しさに眉をひそめていると、女神様の意志が天空からやってきた。
やっぱりお怒りになられていたか。
数度の落雷は、庭の木々を薙ぎ払っていく。
しかし、それ以外には被害が及ばないように。
こんな芸当、見事過ぎてため息しか出ない。
どんなに優秀な魔法使いでも、ここまで見事に披露することは不可能だろう。
俺にさえ、できないと思わせるのだから。
「ばっ、馬鹿なっ‥‥‥こんなこと! お前が、お前が言うことを訊かないから!」
現実を見極められない愚かな殿下は聖女に向かって突撃し、ものの見事に神殿騎士たちによって返り討ちにされていた。
「あのまま槍の餌食にしときゃよかったのに」
彼らは彼らなりに、王族への敬意を払ったのだろう。
しかし、その優しさが仇となることもまた、戦場では起こりうる。
敵は仕留めておくに限る。
即物的であれ、湾曲的にであれ。
仕留めるまでその手を緩めてはならないのだ。
「あちらは一段落、と。そして‥‥‥」
うろちょろと、見物人たちに混じってなにかを探すように動いていた男たちの一人に、アレクセイは目を付ける。
そっと後ろからにじり寄り、あまり褒められたことではないが‥‥‥眠りの誘眠魔法によって意識を深い心の底に沈めて貰った。
「おい、そこの衛士! 手を貸せ!」
マルゴットたち、神殿の一団が元来た道を歩き出したのを確認してから、アレクセイは王太子の起こした騒ぎをききつけてやってきた、近衛衛士の幾人かに目配せをする。
「あいつと、あいつ。あと、その柱の向こうにいる頭の薄いやつもそうだ。どうやら俺たちの知らないところででかいネズミがこの宮殿に入り込んでるみたいだぞ」
そう指示を出して、自分が眠らせた男を、空いている近場の部屋に引きずっていく。
「さてさて、目が覚めたらしっかりと教えてもらおうじゃないか。レゾンド伯爵様とやらの本性をな」
こちらが調べずともそのうち王太子の口からは何かがもう寝てるだろうけれど、それは待っていてはことを仕損じる可能性がある。
王国転覆をはかる悪事が暴かれるかもしれないのだ。
アレクセイは、にっと片頬をあげてあくどい笑みを浮かべると、自分が眠らせた男に向かい拳を振り上げた。
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