第7話 青灰の城

 ぎいいっーっと重苦しい音が辺りに響く。

 辺境伯領に入りようやくたどり着いたその城は、先触れを走らせておいたいうのに、門は開かれておらず、まるで私たちの到着を拒んでいるように軋んだ音と共に開かれた。


 到着したアロンゾ城の最初の門前には大河の支流から引きこんだのだろう、幅数メートルの堀川が流れていた。

 その門があちら側とこちら側のやりとりをへて、ようやく開かれたのだった。


「随分と、時間がかかったわね」

「申し訳ございません」

「辺境伯様は私達を迎えたくないのでしょうね」


 いまから動きますと一声伝えに来た神殿騎士に、待ちくたびれわと嫌味を一つ。

 彼は青い顔をして、まるで自分のミスでこの扉が開くのに時間がかかったかのように、詫びていた。

 ぼやくようにそう言うと、更に彼の顔色が悪くなる。


「聖女様を歓待したくない民など、この国にはおりません」

「そう? ならいいのだけれど。とりあえず、進みなさいな」


 後ろには私たちの行列のせいで、城内に入れないまま小一時間ほど待たされている、商人や農民、それから市民などの姿も見えた。

 アロンゾ城は、アレテーという市の最奥部に位置している。

 アレテー自体が、二つの高い外壁をもつ城塞都市で、城はそのさらに奥に、また三つの防壁と堀川を持ち、市の行政の中心ともなっている。


 敵が市内にまで侵入し、この堀川まで接近する状況にでもならない限り、いま通過している門を閉じることはないと思われたのに。


「前に辺境伯様が語っていたかしら」

「聖女様、なにをでございますか」

「この城の門のことよ。アレテーには二万の市民がいる。敵が市内まで攻めてきたら、市民を城の中に誘導し、門を閉じて立て籠もることができるのですよ、三年は持つ程度の兵糧を蓄えているとかなんとか」

「それは‥‥‥」


 リーレはどう返事をしていいか分からないようで、言葉に詰まっていた。

 私に言わせてみれば、それだけの人数を三年間も飢えることなく、戦えると豪語するなら……アレテー市の半分ほどの広さを、このアロンゾ城は面積として確保しているということになるのだけれど。

 全体的に丸みを帯びた造りをしているこの城は、まあ珍しい外観をしていた。


 真ん中に円錐形にそびえる本館を持ち、そこから六つの方向に渡り廊下が伸びて、六本の塔とつながっている。

 その廊下は階によってつながる塔が違うらしく、数えたら全部で八段も中には階があることになる。


「面白い造りをしておりますね、聖女様!」


 リーレはどうにか関連する話題を見つけられたと嬉しそうに叫んだ。

 しかし、私は面白くない。

 この城を最初に目にした時から、好きじゃない、合わないと心の中でずっとぼやいていた。


「そうね。珍しい色もしているし。まるであの殿下の瞳みたいに、冷たい色よ」

「あっ……そんなつもりでは、すいません」

「いいわよ。確かに珍しい色身をした外観だもの。ここに逗留することになるのが、なんだか嬉しくないだけ」

「殿下‥‥‥の。元殿下ですが」

「え?」

「なにか」

「ううん。そうね。元、ね」


 後ろにそびえ立つ青みを帯びた岩肌を見せている高山から切り出して来たのだろう。

 それよりもやや黒く見える青みがかった城の外壁は、あの第一王子の冷酷な瞳を連想させてしまい、その中にいまから入っていくのだという現実が、なんだか胸の奥にいやなもやもやとしたものを抱かせた。


 しかし、そんなものはリーレの気遣いなのか。

 それとも鈍感な彼女がたまたま口にしたものなのかよく分からなかったけれど。

 元、という響きに、彼は全てを失って幽閉されているのだ、と思い出し、気が晴れやかになる。


「まだいくつか橋を渡るのでしょうか?」

「さあ、どうかしら」

「辺境伯様が出迎えに来られないのは、不敬化と思いますけれど‥‥‥」


 そう言い、リーレは自分がそう扱われたかのように、不満を漏らしていた。

 事情を知らない彼女にしてみれば、そうかもしれない。

 辺境伯とはいっても、相手は国境の管理を任された上級貴族。

 王族とその関係者以外、一般の国民がなれる最上級の階位である、侯爵位と同等の管理権限を持つ。


 時として、中央に在する国王陛下に成り代わり、国家間の調印を独自に行う権利を与えられている、いわば独立自治区の長、と言い換えてもいい。

 そんな要職にある人間が、王族と同列に扱われる聖女を出迎えに来ないなんて、それはそれで‥‥‥と思いがちだけれど。


「いいのよ、土地柄の習慣というものがあるから。きちんと、官吏は迎えに来ているもの。問題は無いわ」

「え‥‥‥それはどういう‥‥‥?」

 こういった世事に疎い、侍女は首を傾げた。

「この地方では、後から身分の高い者の順に、こちらを訪問するという、そういうしきたりがあるのよ」

「そうなのですか。勉強致します‥‥‥」


 まだまだ世の理。

 特に貴族社会のそれについて疎い侍女は、なるほど、と言ってなんどもうなずいていた。


 私達、聖女一行に与えられた館は、最初にくぐった門から数えて、二番目の堀にかかった橋を渡った最奥と二番目の城壁の間にあった。

 アロンゾ城は堀川を上手く引いていて、それは市の側を流れる河から一旦、人工の地下水道に水を引き込んでから、城の一番奥に位置する水源にまで、取り込むようになっていた。


 その池から段をつけて降りてきたなだらかな土地が、そのまま城壁でくるわれて今のようになったらしい。

 つまり、城の奥に行けば行くほど、その土地は市内よりも標高が高くなることになる。

 四階建て。

 豪奢な建材をふんだんにつかい、土台と周囲は石壁。内部は幾重にも塗り重ねられた白い漆喰と、木材の壁板が張られていて、この隙間が雪国たるこの国の気候から、住む人間を守るのだという。

 少なくとも、神殿にいたときよりは開放的に過ごせそうな空間ではあった。


 館の周囲を針葉樹とポプラの木が取り囲み、その合間には乗り越えるものを刺し殺しそうな鋭さのある鉄柱が幾重にも天を向いていた。

 これまで住んでいた誰かの趣味だろう、門柱と門柱の間に頑丈な開閉式の鉄柵があり、それは慰労で訪れた政治犯たちが収容されていた、クスコの刑務所を想起させた。


 神殿騎士、四十数名と馬車四大の馬たちを収容してもまだ足りるほどに、馬舎は広いと聞かされて、私は首をちょっと傾げた。


「変ね。どうおもう?」

「まともな貴族の屋敷では、これほどの馬を収容できないかと」

「私もそう思うの。それより、この街にある分神殿に行く手筈じゃなかったの、アーガイル」

「……分神殿では、これだけの人数を受け容れられないと。街の規模からしても、仕方ないかと思われます」

「そう。便宜的に与えたのが、この館だった。そういうこと」

「建前は、そうなりますな」

「王都の市民が三十万。ここが二万の市民を擁する城塞都市だとしても、たかだか四十数名。受けいれることができないなんて、神殿の名折れだわ」


 私はそうぼやいた。

 豪奢な土地屋敷をあてがわれたとしても、満足が行くこともなかった。

 聖女を軽んじているのだ、この土地の分神殿は。そこを管理する司祭は。


「……舐められたものね」

「この土地に入ってすぐに、大きく動くことは賢くないかと」

「そうね。私もそう思う。辺境伯様のお越しを待つことにしましょう」


 とは言ってみたものの。

 それから三日しても、五日経過しても、彼は現れない。


 いい加減、こっちがしびれをきらそうかという一週間目にしてようやく、グレイスター辺境伯アレクセイ・スヴェンソンは、あの眠たそうな瞳をしばたかせながら、私の屋敷を訪れたのだった。

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