旧友

神澤直子

第1話

 まだ10月だと言うのに、まるで真冬が到来したかのような季節外れの寒さだった。秋物のコートに薄い他所行きのワンピースでは木枯らしの寒さには心許なくて、叶は急いで会場へと入っていった。

 会場へつくとそこには「××高校平成◯◯年卒業生 3年B組 同窓会」の文字。

 現在33歳。高校を卒業してから15年目の同窓会だった。

「久しぶり!」と半分貸し切りのカフェに入って一番に声をかけてきたのは一番の仲良しだった沙織だった、沙織は高校の時、特に仲良くしていた友人だった。当時はお互いに親友であると思っていたと思う。卒業して暫くは連絡を取り合っていたのだが、気がついたら疎遠になっていた。風の噂で沙織が結婚して子供が生まれたことを聞いた。

 叶はと言うと、未だに独身だった。

 三年前に一年ばかり同棲をした人がいたが、それ以外はからっきしだ。中学も高校も、女子とばっかりつるんでいて殆ど男子と話をした記憶がない。だからなのか、卒業して大学に入ってからも男性とのコミュニケーションがうまくいかないのだ。結婚願望がないかと言われると嘘になる。結婚願望というよりも、子供が欲しい。叶は一人っ子でずっと兄弟に憧れていたのだが、それを自分が子供を作ることによって叶えたいと思っている。まあ、そろそろ年齢的にも難しいかもしれない。逆に子供を作る目的以外での結婚の意味というものもわからなかった。

 子供を作らないのだったら、別に結婚などしなくてもいい。

 沙織の薬指に光る指輪を見て、叶は自分に言い聞かせるようにした。

「久しぶり」

 叶は笑顔を作って言った。

「叶ちゃん、綺麗になったねえ!私なんて、子供産んで太っちゃって、もうおばさんみたいだから、羨ましい!」

 沙織はそう言ってガハハと笑う。豪快な笑い方は昔となにも変わっていなくて、叶は少しだけホッとした。沙織は本日の幹事の一人らしく忙しくしていて、簡単な挨拶だけしてすぐに叶のそばから離れていった。

 15時からの予定の会だった。今日集まるのは40人のクラスのうち約20人程度とのことだったが、もうほとんどのクラスメイトが集まっている。時計を見るとまだ14:45分。早くきすぎてしまったと思ったけれどもそんなこともなかった。みんな、そんなにも旧友との再会を心待ちなしていたのだろうか。

 会場の中は、知らない人間の集まりだった。同級生の面影なんて正直もう覚えていない。15年の歳月はうろ覚えな面影なんか全部吹っ飛ばすくらいには、みんなを変化させている。

「叶ちゃんじゃない?」

 と声をかけてきたのは、背の高い女性だった。スレンダーで、足が長くて、ショートボブのバリッとお化粧をした女性。バリバリのキャリアウーマンとかモデルといった雰囲気だった。誰だったかいまいち思い出せなかったが、叶は曖昧に返事をした。

「良かった、あんまり変わってるから別人かと思っちゃった。私、覚えてる?千夏!」

 叶は記憶をぐるりと巡った。

 --酒井千夏か。

 心当たりがあった。確か、背ばっかりがヒョロヒョロ高くって、眼鏡をかけたお下げ髪の地味な女子。このどう見ても派手でケバケバしい女が、あの地味な女の子なのだろうか。半信半疑だった。どうやら訝しい感情が視線に出てしまったようで、それを受けた千夏が笑う。

「ははは、確かに私めちゃくちゃ変わったから見た目だとわからないかも。こうしたらわかるかな?」

 と顔の横で縛るような動作をした。確かにその顔は記憶の中の千夏と一致するような気がする。

「大丈夫。わかってるよ。酒井さんでしょう?」

 と叶は言った。

 千夏がホッとしたような顔をする。

「良かったあ。だって、叶ちゃんあんな顔するんだもん。覚えててくれないのかな、って不安になっちゃった。私、高校の時は人見知りが激しくて、仲良くしてもらってたのなんて叶ちゃんと沙織ちゃんくらいだったから」

 そうだったかな、と叶は思った。

 確かに沙織とは親友と呼んでいいほどに仲が良かった。でも、この千夏とはたまにグループを作るときなんかに一緒になっただけで、特に親しくしたような記憶はない。

「そうだったかな」と叶はまた曖昧な笑みを浮かべた。

 千夏は今、モデルの仕事をしているらしい。大学の時に原宿を歩いていたらスカウトされて、今では結構有名な雑誌に出てたり、たまにテレビに出ていたりしているらしいがテレビや雑誌を殆ど見ることのない叶は知らなかった。そんな有名人と知り合い--しかも、親しくしていたと思われている--と言うのは少しだけ鼻が高いような気もする。

「そういえば、叶ちゃんは結婚はしているの?」

 と千夏が訊いた。正直耳が痛い質問だ。

 そういうお前はどうなんだという思いで千夏の薬指を見ると、指輪はしてなかった。

「ふふふ、私も今は独身。五年前に結婚したんだけどね、ほら、私お仕事忙しくって、それで元旦那に全く構ってあげられなくて、それで離婚されちゃった。旦那もバリバリに稼ぐ人だったんだけど、私の方が稼ぎが多くて、少しプライドを傷つけちゃったんだと思う」

「そう。私なんて一回も。ろくに男性経験もないよ」

 叶が笑うと、千夏は「嘘でしょ?」と言ったように目を見開いた。

「叶ちゃん、昔だいぶモテてたじゃない!」

「ちょっと待ってよ。私、モテてた記憶なんてないよ」

「嘘ぉ。私男子が叶ちゃん可愛いって言ってるの何度も聞いたよ。実際とっても可愛かったし、当時から引く手数多かと思ってた」

「ちょっと、なにそれ。初耳なんだけど。そんなこと思うくらいだったら、告白とかしてくれてもいいじゃない」

「もしかして高嶺の花だったのかなあ」

 千夏が少しだけ考えるような仕草をした。つられて叶も首を傾げた。

「実は私ねえ」と千夏が言う。

「どうしたの?」

「今本当に寂しいのよね。旦那と別れて結構経ってはいるんだけど、そろそろ新しい人ができないかなって思ってて……」

 どうしてそれを今このタイミングで私に言うのだろう、と思った。千夏が寂しかろうが叶の知ったことではない。どう返していいのか叶が悩んでいると、千夏が続けた。

「だから、私ちょっとだけ今日の出会いに期待してるの。ほら、よくあるじゃない同窓会で再会してって」

 男漁りに来たのか、と思ったが言わなかった。

「酒井さん美人だし、みんなイチコロだと思うよ」

 と愛想笑いをする。

「そうかしら」

 と千夏はまんざらでもなさそうだった。

 気がついたら時計は15時を回っていた。

 幹事の成瀬裕太が声を張り上げて、皆がそちらを振り向いた。成瀬が簡単に挨拶を始める。

 成瀬裕太は当時の学級委員だった。当時はビン底眼鏡で絵に描いたような真面目な男だった。今は眼鏡をコンタクトにしたらしい。思いの外端正な顔立ちだったが、真面目が顔に書いてあるのは変わらなかった。

 この時知ったのだが、どうやら沙織の配偶者はこの成瀬裕太らしかった。どういう経緯で結婚したのかなんてわからないけど、なるほど、確かに他の人間よりも二人の距離は幾分か近いように思える。

 --そうか、沙織は今は『成瀬』沙織なのか。

 なんとなく口の中で『成瀬』という苗字を噛み締めた。親友がなんとなくとても遠い人になってしまったような気がする。

 パーティーは立食形式だった。『パーティー』なんて言葉は大袈裟かもしれない。ただ、懐かしい顔ぶれで集まってワイワイとお酒を交わすような雰囲気。みんなラフな格好をしていて、わざわざ寒い思いをして他所行きのワンピースなんか着てきたことを叶は呪った。一人だけ場違いなような気がする。

 挨拶が終わって、成瀬が乾杯の音頭を取る。あとは二時間、自由時間だ。

 成瀬の挨拶が終わって、叶はすぐに固まって話している女子グループに話しかけた。学生時代ほとんど話したことがない、当時少し不良じみていて怖かったグループ。今でこそ皆ハイソな奥様といった雰囲気だが、当時は影でタバコを吸っていたり不良の先輩と付き合っていたりしたことを叶は知っていた。

 正直これから先も付き合うことはないだろうと思っていたその集団に声をかけたのは、他でもない。ただただ隣でぺちゃくちゃ話しかけてくる千夏から離れたかったのだ。

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