『ねーえー! 大公姫の暗殺を偽装したら、俺達もう自由行動じゃなかったのぉーっ!?』


 頭の中に直接響く不満の声に、ミヤと呼ばれている女は小さく顔をしかめた。


『結局まだこき使われてんじゃん! 追加で仕事押し付けるとかやめてほしいんですけどぉーっ!!』

『レオ、うるさい』


 幼子のように駄々をこねる声は、芯まで冷めた娘の声に叩き斬られる。彼女の声は肉声だときつおんが酷くて聞き取りづらいが、こうして念話になると打って変わってなめらかだ。


『お嬢様からのご指名を拒否するつもりなの?』

『お嬢からのご指名は大歓迎。でも実質これって大公姫からのご指名なんだろ? 俺はお嬢に次々と追加の仕事を押し付けてくる大公姫に怒ってんの』

『まぁそれは……分からなくもないけども』

『だろ?』


 レオの駄々の相手はルピアに任せ、宮は手の下で揺れる振り子ペンデュラムに意識を集中させた。銀鎖の先で揺れる水晶は、周囲に散る燐光を反射してキラキラと輝いている。その様は幻想的で美しいが、宮にはこの輝きが少々鬱陶しい。


 ──『神の奇跡』と呼ばれる力か。


 大教会、と呼ばれている建物の中だった。一行の先頭に振り子を構えた宮が立ち、後ろに香炉を捧げ持つルピアと、背中に布包みを負ったレオが並んでいる。


 香炉から漂う煙はうっすらと周囲に広がり、見張りに立つ者達を容赦なく眠りの世界に引きずり込んでいた。


 ただの眠り香で無害な代物ではあるが、効果は強い。こうして堂々と廊を進んでいても、誰も自分達の行動を咎めるどころか、姿を視界に収めることさえできないくらいにはよく効いている。


 ──術のたぐいに頼らずに潜入しろ、とは。


 あの小憎たらしい女狐は、今回の旅に連れてきた者達が何者であるかをきちんと理解できているのだろうか。


 そんな不満を細く吐き出した息に載せた瞬間、だった。


 それまで前後に揺れていた振り子が、不意に揺れ方を変える。クルクルと円を描くように動き方を変えた振り子に足を止めた宮は、傍らにそびえ立つ扉を見上げた。そんな宮の視線を追うかのように、揃って足を止めたレオとルピアも扉を見上げる。


『ミャーさん、ここ?』

『恐らくな』


 今まで見てきた中でも、飛び抜けて大きく、また壮麗な扉だった。物語の一幕を描いているのか、数多の人々の姿が刻み込まれ、彩色も贅を惜しまず施されている。この先は余程重要な場所に繋がっているのだろう。


『礼拝堂だと思います』


『神の御教え』と呼ばれる物を知らない宮にも分かるように、ルピアが説明をしてくれた。


『信徒が神に祈りを捧げる空間です』

『安直だなぁ。異能に対抗するならまず教会って考え方』


 なるほど、と納得する宮に対し、レオは皮肉げに口元を歪めた。


 瞬間移動能力という常識から外れた異能を持つレオも、神の教えを前にすれば宮と同じく『異端者』にくくられる存在なのだろう。レオが浮かべた皮肉は、エゼリア皇帝に対してだけではなく、神そのものにも向けられている。


『今はそこを論じておる場合ではなかろ』


 宮は意識して念を飛ばすと、扉に渡されたかんぬきと大きな錠前を示した。


 見るからに重く、頑丈そうなそれらの上には、侵入を防ぐために結界が展開されているのか、淡く光がまとわりついている。さらに言えば、宮の視界ではこの扉そのものが淡く光を纏っていた。


『開けられそうかえ?』


 とはいえ、展開されている術は、こちらの言葉で『夜の住人』と呼ばれている者にのみ有効だ。生身の徒人ただびとにも有効な時は有効だが、呪力……こちらでは『魔力』と言い習わされる力を持たない無害な『信者』に対し、神の奇跡は牙を剥きにくい。


 だから今この場に、この三人が送り込まれている。


『任せて。やれそう』


 何の抵抗もなく錠前に手をかけたレオは、どこからともなく細い針金を取り出すと鍵穴に差し込んだ。その隣ではいざとなれば物理破壊に動き出せるように、ルピアがレイピアに手をかけている。


 ──この二人は、分類で言えばただの信徒。この結界は、二人の侵入を阻まない。


 レオもルピアも、『瞬間移動』や『念話』といった異能力を持ち合わせているが、祓魔師が展開する術は彼らを『徒人』と判定する。いわば彼らの異能は体質に由来するものであり、魔力を持ち合わせた人間が振るう『不思議』とは別のものである、という考えがあるようだ。


 その区分の根拠とでも言うべきか、レオとルピアには宮の視界に入り込むこの鬱陶しいまでの燐光が見えていない。宮には眩しすぎるこの光景が、二人には夜の闇に沈んだ暗がりに見えている。


 ──レオもルピアも、『神の御教え』が幅を利かせる国の生まれ。異能力を備えていようとも、暗殺をなりわいにしていようとも、潜在的に信徒であることに変わりはない。


 ここの結界に反応することなく中に入れるのは、今回の伴の中ではこの二人しかいなかった。他の面々だとここに展開されている結界を吹き飛ばすしかすべがなく、そのあかつきには教会との全面戦争が目に見えている。


 ひそやかに、というのが主からの命であった。ならば揉め事を起こすわけにはいかない。


 ──女狐の命に従うのはしゃくではあるが。……今回の旅は、早く終わるに越したことはない。


 平気そうな顔で振る舞い続ける主の顔色が、徐々に悪くなっていることには気付いていた。


 本来ならば主は、奉じられた場所から遠く離れるべきではない。さらに主はすでに二回も力を振るっている。これ以上の無茶はさせられない。


 ──さっさと女狐にケリをつけさせ、姫様が求めた『砂金』を手に入れる。


 それさえしてしまえれば、もう主が苦しむ様を見なくても済む。完全に全てが丸く納まるとまでは行かなくとも、負担が軽減されることは確かなはずだ。


 そのためにもまずは、目の前のことに集中しなければ。


 そんな風に気持ちを新たにした、その瞬間だった。


「『父と子と精霊の名にいて命ずる』」


 声は唐突に響いた。


 こちらは暗殺者が二人に呪術師が一人という編成であるにも関わらず、そこに意識を保った人間が存在していることに気付けなかった。


「『かくあれかしA m e n』っ!!」

「っ!!」


 宮は反射的にレオとルピアを背後にかばうと、手の中に滑り込ませた符を声の発生源に向かってなげうっていた。宮の念と呪力を受けた符が青い燐光を撒き散らし、襲いかかってきた白銀の力を相殺する。


「やはり来たか。イライザ暗殺部隊の異端者どもが」


 強すぎる力と力の衝突は、徒人であるレオとルピアの目にも閃光となって映ったのだろう。反射的に腕をかざして目を庇った二人が、宮の背後でそれぞれナイフとレイピアを抜く。


 そんな二人の姿を己が身で隠すように構えた宮の耳に、カツリと革靴が石床を叩く音が響いた。


に協力することになるのは癪だが、教会に仇なす者が私の敵であることは事実だ」

『マズいよ、ミャーさん』


 相手が誰であるのか判別するのは、レオが一番早かった。相手に気取られないように発せられた声は念話のみだったが、その声が盛大に引きっているのが聞くだけで分かる。


『気を悪くしないで聞いて、ミャーさん。相手はエクソシストだ。エクソシストってのは、「夜の住人」と直接切った張ったをするのが本分なんだ。「神の奇跡」の力が振るえるだけじゃなくて、直接的な戦闘技能を備えている場合が多いんだよ』


 レオの言葉を聞きながらも、宮は廊下の角から姿を現した男と対峙すべく、ゆるゆると背筋を正した。


 白銀と見まがう淡い色の金髪に、うすらいのような色合いの瞳を備えた男だった。歳の頃は、三十前後といったところだろうか。酷く不機嫌そうな顔で、眉間には深くシワが刻み込まれている。


 首から掛けられた漆黒のストラと左手に携えた聖書は神父としての装いだが、身を包んだ装束は軍服だった。そんなチグハグな装いをしていても、男が纏う空気に触れれば『祓魔師神の下僕』という肩書きを疑う気は起きない。


『こんな場面に出てくるエクソシストなんて、向こうのイライザのアッシュ・キルヒライトしかいない。外見情報も一致してる。アッシュ・キルヒライトはエゼリア帝国屈指のエクソシストだ。「特上級」っていう位階から言っても、間違いなく直接ドンパチやれる人間だよ』

『分かっておる』


 この男を足止めするためには、男が振るう『神の奇跡』に対抗するすべを持つ宮が出るしかない。しかし宮では術で対抗はできても物理戦闘で負けるとレオは言いたいのだろう。


 ──場所が悪すぎる。


 ここが大教会の中でなければ、その部分が問題になることはなかった。場所が場所だっただけに、普段宮にベッタリ付き従っている『武力』を今回は置いてこざるを得なかったから。


 ──とはいえ、ここで全員足止めを喰らうわけにはいかぬ。


 向こうはこちらの登場を張っていた。彼らとて愚鈍ではない。今も誘い込まれた状況ではあるが、ここで逃げを打てば目当ての物に近付く機会は二度と得られないだろう。


 ──わらわは元からこの中に入れるかどうか怪しかった。


 錠前破りができるのはレオのみ。逆に物理破壊ができるのはルピアのみ。二人揃って中へ送り込まなければ、目的物の奪取は難しい。


 その事実が分かっている以上、迷ってはいられなかった。


『妾が止める。行け』

『ミャーさん!』

『目的の品さえ奪取できてしまえば、後は撤退するだけじゃ』


 それまでの時間稼ぎならば、自分だけでもできるはずだ。……いや、やらなければならない。


『扉の向こうの部屋の奥のどこかに、半地下になった空間があるはずじゃ。目的の品の気配はそこにある』


 自分が知り得ただけの情報を念話に載せた瞬間、背後でヒュォッとルピアのレイピアが空を割いた音が響いた。


 同時に宮は両手の中に符を滑り込ませると、その全てを男に向かって投げつける。


「行けっ!!」


 符が爆炎の嵐を呼び起こすのと、男が白銀の壁を作り上げるのはほぼ同時だった。背後ではパキンッという音とともに閂と錠前が切断され、即座に扉に飛びついた二人の気配が部屋の中に消える。


下僕イヌごときが妾に気安く口を利くでないわ」


 その突撃に意識を向けられないようあえて挑発的に声を上げながら、宮は新たな符を手の中に滑り込ませた。


「妾を誰と心得る。妾は高貴なる『じゅさつのみや』ぞ?」

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