僕らは動物の村で暮らしている
青い絆創膏
僕らは動物の村で暮らしている
チリリン、と店のドアベルの音がした。こんな朝早くにうちのパン屋のドアを開けるのは、牛乳屋の牛さんか新聞屋のニワトリさんのどちらかだろう。仕込み途中の生地を置いて厨房を出ると、やはりそこには新聞屋のニワトリさんがいた。
「やあやあ、おはようクマさん」
「おはようニワトリさん。おや、今日は新聞は持っていないのかい?」
僕が言うとニワトリさんはハッとした顔をし、コケコッコーと鳴いた。
「いけねえや、新聞を忘れてきてしまった」
バタバタと焦って歩き回るニワトリさんを見て僕はくすりと笑った。
「今年に入ってからもう5回目だね。まあ店を開けるのは7時だから、それより前に来てくれたら助かるよ」
「合点承知の助」
羽をあわただしく動かしながらニワトリさんは走り去っていった。
「さて、パンを焼かなくちゃね」
僕は厨房に戻り、作業を再開する。一番最初に焼くのは塩パン。次にウィンナーロール。そしてメロンパン。僕のお店で出しているパンはこの三つだけ。僕が一番大好きなパンだからだ。ウィンナーロールをオーブンに入れたころ、ニワトリさんが新聞を持ってやってきた。
「すまないね、お待たせお待たせ」
「はい、ありがとう」
ニワトリさんがくれた新聞には、新しい仲間が村にやってきたというニュースが書かれている。詳細は不明。
「新しい子が来たんだねえ。今回はどんな子なのかな」
「それがどうも、なーんにも分からないらしいんだよな。」
「ふうん。……あ、そういえば、今日は牛さんが遅いな」
いつもならウィンナーロールを焼き始める前には牛さんが牛乳を配達しに来ていたはずだ。
「あ、牛さんなら、今日は寝坊したからお休みだってさ」
「そっか~。最近牛乳の消費量が増えているし、牛さんも忙しいんだろうね~」
牛さんはよく牛乳の配達をお休みする。村の人のぶんの牛乳をすべて配達しているから仕方がない。ニワトリさんが「それじゃ」と言って、ドアベルを鳴らして帰っていった。
僕が一番忙しくなるのは、朝の時間とお昼の時間だ。チリリン。今日の最初のお客さんが来た。
「クマさんおはよ~。いつものやつください」
隣のドーナツ屋の子豚さんだ。子豚さんはウィンナーロールは絶対に食べない。草食なのだという。代わりに、子豚さんはメロンパンを三つと塩パンを二つ買っていく。
「はい~、メロンパン三つと塩パン二つね」
「ありがとう~。はい、じゃあお代はドーナツ5つね」
「はい、まいど~」
子豚さんはいつも一番乗りでうちのパン屋に来てくれる。たしかドーナツ屋ももう開店している時間のはずなんだけど、いつもどうしているんだろう?
朝は他にも、花屋のうさぎさん(よく花を枯らしている。あまり花屋には向いていないって本人はよく言ってるけど……)、CD屋のリスさん(すごく音楽に詳しいんだ。いつも何か歌いながら来店してくれる)がいつも来てくれる。それから、気まぐれに他のお客さんがチラホラ。朝の時間は、お店屋さんをやっている人がよく来てくれる。
僕はお昼少し前になると自分でつくったパンの残りを何個か食べて、お昼の分のパンを焼く。メロンパンをようやく焼き終えた時に、チリリンとドアベルが鳴った。
「クマくん、塩パンを三つおくれ」
「あ、カバ先生」
カバ先生は今日も眠たそうな顔をしている。この村で唯一の学者さんだ。僕は塩パンを三つ袋にいれた。
「クマくん、今朝の朝刊は見たかい」
「見ましたよ。僕は羊さんが新しくリリースした子守歌がちょっと気になっちゃった」
「いやいや、それも気になるがね。あの、新しい仲間が来たってニュースあったろう」
「あぁ、ありましたね」
カバ先生はぐっと声を潜めて、こういった。
「いや……いやね、ちょっと妙でね。私には一つ心当たりがあるんだが……。何せちょっと一人じゃ心もとない。きみ、よかったらちょっと、仕事のあとにでもうちに寄ってくれないか」
「はあ……?いいですよ、だいたい夕方くらいになりますよ」
「わかったわかった、じゃあ、待ってるからね。あ、君、このことは秘密にしてくれよ」
カバ先生はそう言って、塩パンの入った袋を掴むと出て行った。
「なんだ……?」
考える間もなく、お昼時は次から次へとお客さんがやってくる。大抵は、服屋のカラスさんがウィンナーロールを1つ買っていって、そのあとで村の役場の亀さんと犬さんが塩パンをたくさん買っていく。僕は役場の亀さんと仲良しなので、カバ先生から聞いたことや今日の夕方呼ばれているということを話した。
「えー、僕も行きたいなあ」
「いいと思うよ!亀さんもお仕事が終わったらおいでよ」
亀さんとあとで落ち合う約束をして、その後何人かのお客さんがやってきた。閉店間際、メロンパンだけが今日は売れ残っていた。そろそろ閉めようか、という時、村の電気や水道を管理しているフクロウさんがやってきてメロンパンを買い占めてくれた。そのとき、昨日実は午前中の間ずっと電気を間違えて止めてしまったのだとコッソリ教えてくれた。道理で昨日は電気がつかなかったわけだ。
店を閉めたあと、いつもなら売り上げを記録して洗い物をするけど、今日は用事がある。売り上げは一日くらいなら計算しなくても大丈夫なので、洗い物だけ済ませてしまう。
「ようし、いってきまーす」
亀さんと待ち合わせしている時計台に行くと、犬さんとニワトリさんもいたので驚いた。亀さんが声をかけたらしい。
「たくさんいたほうが楽しいんじゃないかなと思って」
それもそうか、と僕らは4人でカバ先生の家に向かった。カバ先生の家は村のはずれの大きなケヤキの木の下にある。滅多にいかない場所なので、僕はとてもドキドキしていた。
「カバ先生~。こんばんは~。クマです」
「ハイハイ……おっと?」
カバ先生は4人もいるのを見て少し驚いたみたいだった。確かに、4人で行くって、言ってなかったや。
「きみ、結構な人数連れてきたんだねえ……。まあいいや、お入り」
カバ先生の家は見たこともないような本や薬品がたくさん置いてあった。ちょっと不思議な匂いもする。カバ先生は僕ら4人を研究室の方へ案内してくれるらしい。
「今日、新しい仲間が来たってニュースがあったろう。実は今、僕の研究室の方で休んでもらっているんだけどね」
カバ先生がガチャ、と研究室の扉を開ける。そこには何もない空間が広がっていて、奥の方にガラス張りの大きな水槽のようなものが埋め込まれていた。水などは入っておらず、その中にはベッドが1台置いてあり、誰かがそこで眠っていた。
「……あれは……?」
僕が呟くと、亀さんと犬さんとニワトリさんが口々に「見たことのない動物だ」と言った。カバ先生が静かに首を振る。
「あれは……『ニンゲン』だ」
「ニンゲン!!??」
僕ら4人は声をそろえて驚く。
「ニンゲンって、あの!?私、初めて見たわ」
犬さんは尻尾をブルンブルン振っている。興奮しているようだ。
「ニンゲン、って……確か、すごく文明が発達した暮らしをしているんですよね……。でも、毎日、朝から夜まで働いているだけだって、昔何かで聞きました」
亀さんが言うと、ニワトリは嫌そうに顔をしかめた。
「毎日、朝から晩まで!?ひえ~俺には無理だあ」
カバ先生は亀さんの言葉にうなずいて、言った。
「そう、本来はニンゲンがこの村に来るなんてこと、ありえないんだよ」
シン、と静まり返った。じゃあどうしてニンゲンが……?ソワソワと僕らが顔を見合わせていると、急に怒声が響き渡った。
「おい!!ここから出せ!!」
さっきまで眠っていたはずのニンゲンの声だった。ニンゲンは声こそ怒りに満ちているものの、体は一切動かしていない。動かせないのだろうか。
「俺のこと縛りやがって!!お前ら頭おかしいんじゃねえのか!!」
「縛り……?縛りって、なんだろう」
犬さんは首を傾げた。僕も初めて聞いた単語だ。ニンゲンは犬さんの言葉を聞いてひきつった顔をした。
「本当に、なんなの……?お前ら何してんの……?」
「なにって……。毎日、僕はパンを焼いてるよ。他の人も、好きなものをつくったり、好きなことをしたりしているよ」
僕がニンゲンの言葉に思わず反応すると、みんなうんうんと頷いた。
「そうそう、私たちとっても幸せよ」
「ニンゲンと違って毎日働かなくてもいいしねえ」
この村は、本当にいい場所だ。毎日が穏やかで、幸せ。僕は、この村に来る前は……。この村に来る前は……?
「おい……おい、”熊谷“!お前も……お前まで、どうしちゃったんだよ……。就職活動に失敗してから……自分のこと、動物だと思って……こんなところで、なにしてんだよ……」
シュウショクカツドウ?なんだっけ……。それは、なんだったっけ……。ニンゲンの顔が、ぐにゃりと歪んで見える。僕は、このニンゲンを知っている。僕は……。
僕らは動物の村で暮らしている 青い絆創膏 @aoi_reg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます