没落令嬢は堕落する〜あぁビールって最高ですわ〜
熊五郎
第1話
クジョウ・トモヨはニッポン帝國有数の大貴族クジョウ家の令嬢であった。
その上質の絹のような黒髪と素晴らしく澄んだ夜空のような瞳からクジョウの
そんなクジョウ・トモヨの現在の住処は六畳一間のボロアパート、トイレは共用であり風呂はなし。これ以上にない見事な没落を見せていた。荒れ果てた部屋に家具らしいものはちゃぶ台ぐらいしかなく、そのちゃぶ台には発泡酒の空き缶とカップ麺の空き容器がところ狭しと乗っており異臭を放っている。
没落前のクジョウ・トモヨならこの一室を見て、いやこのボロアパートを見て本気で犬小屋だと思っただろうし人間が住む場所とは認識しなかっただろう。だが今はここがクジョウ・トモヨの愛する住処であった。
ニッポン帝國有数の大貴族であるクジョウ家の令嬢であり紛れもない貴種であるトモヨがなぜこのような境遇に身をやつしているのかそれは聞くも涙、語るも涙の事情があるが今は現在のクジョウ・トモヨを見ていきたい。
彼女の朝は早い。
万年床となっているせんべい布団から身を起こすその姿はクジョウの
トモヨはしばらくボーッとしていたと思うとばっと跳ね起きた。せんべい布団から飛び出したその肢体は白くしなやかでこの悲惨な状況にいるのにも関わらず生命の輝きと美しさに満ちていた。その体の美しさに反し身にはみすぼらしい下着しか付けておらずそのままちゃぶ台の上にある発泡酒の缶を掴むとぬるくなり炭酸も感じなくなったただ苦い液体を喉を流し込むと「ぶはぁー」と息を吐き出してせんべい布団の近くに脱ぎ散らかしてあったニッカポッカをいそいそと着込むと慌ただしく部屋を飛び出した。
──────────
クジョウ・トモヨはしつこいようだがニッポン帝國有数の大貴族クジョウ家の令嬢であった。
その美しさによりクジョウの
そのクジョウ・トモヨは今、身の丈の数倍する石の塊を背負いのそのそと歩いている。仕事中であった。
肉体労働、かつてのクジョウ・トモヨはその言葉を聞いてもまるで遠い異国の言葉のように感じていた。「ニクタイロウドウ?」と可愛らしく小首を傾げて口元を手で隠して笑い「新しい演劇ですの? 」ぐらいは言っていただろう。しかし今のクジョウ・トモヨにとって肉体労働とは一番慣れ親しんだ言葉であり、「肉体労働? はい! 喜んで! 」と元気に動き出すことだろう。
「相変わらずスゲーなトモ坊は」
身の丈数倍する石の塊を背負っているクジョウ・トモヨを見て筋骨隆々で口ひげの豊かなある男が感嘆する。この現場を取り仕切る、現場監督を任されている男だ。
ニッポン帝國の丁度真ん中辺りに位置するここギフ県の某所、この現場は次期ニッポン帝國皇帝である皇太子アオイ・ナルヒトが作らせている聖陵墓と呼ばれるアオイ・ナルヒトが没した後入ることとなる墓の建築現場であった。
まだ若年ながら墓を建設するとは気が早いと思われるかもしれないが聖陵墓は巨大な建造物であるのでこれくらいの時期から建設しないと間に合わないのである。
クジョウ・トモヨとアオイ・ナルヒトには並々ならぬ因縁があった。しかし打ち寄せる生活苦には如何ともし難く、さらに言えば聖陵墓建設の時給は破格と言ってよく、さらに取っ払いその日払いで給金がもらえるのでクジョウ・トモヨは結果としてこの仕事に飛びついた。
クジョウ・トモヨにとってまず仕事内容が良かった。ざっくり言えばデカい石を運ぶだけ。それだけのことである。
クジョウ・トモヨは頭の出来もイマイチであり、難しい話はてんで理解できない。頭脳を使う複雑な仕事はできず、当然手に職もない、接客業など沙汰の外であった。ただクジョウ・トモヨはニッポン帝國有数の大貴族であるクジョウ家の血を引いている。
貴族の血を引いているということはつまり魔法が使えるということであった。クジョウの魔力色は黒、単純な身体強化であるがクジョウという尊貴の血から齎される魔力は凄まじく、華奢な少女に過ぎないクジョウ・トモヨの膂力はまさに万人力に等しい。
本来であればこの血から生まれる力を使い外夷から國を守ることがクジョウの血を引くものの使命であるがクジョウ・トモヨはそれを日銭を稼ぐことに使い、その金は発泡酒やカップ麺に消えていく。
「やっぱトモ坊はスゲーなー」
と十数人掛かりでやっと一つの大きな石の塊を運ぶ集団が隣をのしのしと歩き追い抜いていくクジョウ・トモヨを見て驚きの声をあげる。
まさか彼女がクジョウ家の令嬢、クジョウ・トモヨだと思うものは居るまい。確かにクジョウ・トモヨの美しさは世に聞こえたものだが実際に彼女を見たことのあるものなど貴族ぐらいのものでその貴族にしたってこの大石をせっせと運ぶ少女とあの天下美貌を謳われたクジョウ・トモヨとを結び付けることはできないだろう。
黙々と大石を運ぶクジョウ・トモヨの姿を見ていた現場監督に一人の眼鏡をかけた男が近づいて「何者ですか、あの少女は」と声をかける。
現場監督はおっという顔をしてヘルメットを脱ぎ、こりゃどうもと挨拶をする。現場監督に声をかけた男の名前はシノザキ・アツシ。この聖陵墓の設計を担当した若き設計士である。彼は現場の視察に来ていた。
彼はその痩せぎすではあるが端正な顔立ちを純粋な驚きに染め「本当にすごいですね」と現場監督の顔を見る。
「へぇ、どうやらトモ坊はさるお家の御落胤のようで魔法を使えるんでございますよ」
謙った妙な言葉を使い現場監督はシノザキ・アツシに説明した。
「トモ坊? 」
怪訝な顔をシノザキ・アツシが現場監督に向ける。
「あいつの名前でさ、トモヨっていうんで俺たちはトモ坊って呼んでいるんですよ」
「御落胤というのは? 」
シノザキ・アツシが重ねて聞くとまた現場監督はへぇと言い「それは俺らの勝手な想像なんですがね。まぁ話してみりゃ分かりますがトモ坊は貴族って柄じゃない。しかし魔法を使う、しかもめっきり強力なやつを。だったらもうどこぞの御落胤にちげぇねぇでしょう」
なるほどとシノザキ・アツシは思うが彼女の大石を運びながらも漂わせる涼し気な雰囲気は尋常じゃないものを彼に感じさせた。トモ坊とやらに興味が湧いた。
「仕事終わりに彼女を食事に誘ってもいいかな」とシノザキ・アツシが現場監督に聞くと、現場監督はカカカッと笑い「そりゃ俺に言われても困りまさぁ。トモ坊に聞いてみてくださいな」と当然の返しをされる。
なるほど、それもそうかとシノザキ・アツシは頭の中で彼女を連れ行くに相応しい店のピックアップを始めた。
その設計士の男、シノザキ・アツシは稀代の女好きであった。生まれてこのかた女に不自由をしたことがなく、むしろ女が居すぎることによって不自由な毎日を過ごしているといっても過言ではないという男であった。
もはや彼は普通の美女では満足できず、どこか変わったところのある女ではないと面白みを感じないといった境地に達しておる。
そのような自分のことを粋で特別な男だと思っている。女好きであり、ナルシスト、わりと本当にどうしもない男なのではあるが容姿の端麗さと仕事面での有能さはニッポン帝國の上層部にも認められ帝國の一大事業との言える聖陵墓の設計を任されるにまで至った。
そのような男はであるから三国一とも見える美貌を誇りながら現場仕事に従事し、しかも怪力無双で大活躍をしている女を見て食指が動かぬはずがなかった。
「さぁどうやって楽しもうか」
現場監督に見られぬようべろりと舌なめずりをした。
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